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その日の夜、俺は二階にある大浴場に憂鬱な気分でひとり、向かっていた。朝、食堂であんな話をしたことを後悔しながら。
「えーっと、バスタオルOK、シャンプーOK……何も忘れてねえよな」
いまは真夜中。
部活で疲れた俺は夕食後眠ってしまった。自習もサボって、喉の渇きを覚えて目が覚めたのは消灯後だった。部活が終わって体育館でシャワーを浴びたものの、やっぱりきちんと身体を洗いたい。
「ん、全部持ってきた」
普段なら意識しない“お風呂セット”を口に出してわざとらしく確認する。
「あとでコーヒー牛乳飲も……」
静寂しかない廊下を慎重に歩く。一年寮生の眠る部屋の前を、足音を立てないように歩いた。二階に降りて〈娯楽室〉の標示を目にしたとき、ようやく緊張感が抜けた。二階には寮生は誰もいない。
「……」
急に、心細くなった。
「っ、はやく行こ……つか、さみい」
ひとりごとが真っ暗な廊下に沈む。なるべく窓の外を見ないようにして、ひと気のない廊下を足早に歩く。
今日は三階で“声”を聴かなくて良かったと、ほっとしながら。
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