0人が本棚に入れています
本棚に追加
チャイム
「千恵子ー。ちょっとこれ……」
キーンコーンカーンコーーーン。
「えー? 何ー? 聞こえなーーい!!」
大きすぎるチャイムの音に掻き消され、親の言葉が聞き取れない。
これが子供の頃からの、我が家での日常茶飯事だった。
アタシの家は松風高校という学校の、道一本隔てた位置に建っている。
松風は市内でも有名な進学校で、子供がそこに通っているだけで親は鼻が高いというレベルの学校だ。
さすがに幼稚園の時には何とも思わなかったけれど、小学校に上がった頃から、目の前の高校がいかにハイレベルなものかという話をチラホラ耳にするようになり、凄い学校なんだということだけは認識するようになった。
でもアタシは、全然まったくこれっぽちもここの学校に通いたいとは思わなかった。
…だって。
「千恵子、ちょっとお使いに行ってきて」
「うん、いいよ。何買ってくるの?」
「お豆腐と白…」
キーンコーンカーンコーン。
「ごめん。もう一回言って」
『さあ、今こそこの正義の刃を受け…』
キーンコーンカーンコーン。
「いいトコなのに、もう!」
「すみませーん、宅配ですけど。ここに…」
キーンコーンカーンコーン
「パクパクパクパク(手振り身振り)」
「パクパクパクパク(ジェスチャージェスチャー」
「…うう、頭痛い。風邪引い…」
キーンコーンカーンコーン。
「う、る、さーーーーーーーい!!」
頼まれ事の内容もTVのセリフも吹っ飛ばし、訪ねて来た人との会話も中断。具合が悪い時にはさらに気分を悪くさせるチャイムの音。
小学校でも中学校でも同じようにチャイムを聞いてはいるけれど、松風のチャイムはどうしてかやたらと音が大きい。校内で聞いている時より、家で聞く高校のチャイムの方が響き渡るくらいに。
それが本当に大っ嫌いで、こんな学校には絶対行きたくないって心から思った。もちろん、行ける学力があるかどうかは抜きでね。
そんなアタシの心が百八十度変わったのは中学二年の秋…今からほんの数か月前のことだった。
最初のコメントを投稿しよう!