第4章 約束

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「これは,何だ?」  優志の手がブライスの胸元に移り,Tシャツの上からネックレスのヘッドを触った。 「…心…優志の…」 「これがここにある限り,俺のゴールはここだ」 「…わかった。本当にバカなことを言った。優志の出発が近いから弱気になってる」 「弱気と言えば…俺もだ」  さっき垣間見たブライスの孤独感が,優志の胸にべったりと張り付いて取れない。 「ブライスがプリンストンに戻ったら,大勢の頭のいい人とか,刺激的な人とかいて,そういう人との付き合いがあって,俺のことなんか忘れ…」  最後まで言うことを許されなかった。ブライスが噛みつくように口づけをしてきたからだ。あちこち噛んでから優志を解放した。 「誰も俺の心には入り込めないさ。だって俺は…」  今度はブライスが優志の胸元のヘッドを人差し指で押した。 「俺自身はここにいるんだろ?」  優しい掠れ声に変わった。優志は再びブライスに抱きついた。 ―ごめん,ずっと隣にいられなくて,ごめん,ブライス。  夕日が大学の建物の陰に沈んでいく。二人の顔があかあかと染められていく。 「優志,俺,はやぶさ2のことを調べてみた」 「うん?」 「俺たちもはやぶさみたいなものだ。  地球から飛び立って,軌道を整えて,地球にスイングバイして遠くの惑星に進む。それから地球に戻ってくるんだよな」 「そうだね」 「今が俺たちのスイングバイだ。お互いにきちんと力を与え合おう。そしてそれぞれの場所で任務を果たしてこよう。 俺は必ずシアトルに戻ってくる。自分のために。それから,優志,君に逢うために。 約束する。君に再び逢ってこうやって抱きしめるんだ」 ブライスの言葉は力強かった。不安は山のようにあるが,優志は大事なことを忘れなければいいんだ,と思った。 「俺も約束する。俺もここに戻ってくる。そして君に逢う。俺の人生を続けるために」 「俺たちの人生を続けるために?」 「ああ,俺たちの人生を続けるために」 「約束だ」  キスを交わして顔を見合った。太陽は沈みきっていたが,陽の名残がブライスの瞳を優しく煌めかせていた。 ―この瞳が俺の宇宙,俺がいるべきところだ…
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