第4章 約束

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 ―何てことだ。こんな情けないことになるなんて。しっかりしなくては…ブライスに顔向けできない…  だいぶ足取りがしっかりとしてきて,優志は遼の手を離れた。女の子ふたりも心配して声を掛けてきた。何とかやり過ごして,機内に辿り着いた。  自分がこんなに弱っていることに愕然としていた。毎日のようにブライスに逢っていた日々が,本当に幸せだったのだと今更のように気づいた。  何か思うところがあったのか,遼が自分の窓際の席を優志に譲ってくれて,優志は押し込まれるままに座った。座ってから思い出した。 ―そうだ,最後に見たいんだった。 飛行機が離陸体勢に入った。機体は南向きに助走し,離陸した後大きく西に機体を傾けた。  優志は身体を捩って,懸命に視線を後ろに向けた。 そして,見えた。右翼の下に,ワシントン湖が空の青を映して存在していた。 ―あそこにいるんだ,あのローレルハーストの半島の先で,ボートに乗って俺を見送っているんだ。 -俺の大切な男が…  そうすると言っていた訳では無かったが,それは確信だった。揺るぎない事実に思われた。  湖とシアトルはだいぶ後方に流れて,小さくなって見えなくなった。優志は静かに泣いていた。 「優志,これさ,預かってきたんだけど…」 ためらいがちな遼の声が聞こえた。優志は涙をぬぐってから遼を振り返った。 「ブライスが,離陸したらこれを優志に渡してって」  遼が二つ折りにしたメモのような紙をよこした。硬めの質感で薄茶色く変色している。 「ブライスから?」  紙を受け取って,震える指で広げた。 「…ぁっ」  優志はその紙に見入った。たっぷり5分は凝視していた。 最初は暗く考えを巡らせているような表情だったのが,やがて穏やかな微笑みととれる表情に変わった。それから顔を上げて窓の外,雲の層に顔を向けた。 ―ありがとう,ブライス。  傍らでじっと様子を見ていた遼が,優志の動きにほっと息をついた。 「なぁ,優志,何て書いてあったんだ?ていうか,お前,ブライスと何かあった?」 「…心配かけた。もう,本当に大丈夫だ。ブライスとは,そうだな,大ありだ。仙台に戻ったら…説明する。 今は,もう少しシアトルの思い出に浸らせてくれ」  遼はただ頷いてイヤホンをかけた。
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