第2章 湖水

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 会話がすぐに終わることを感じ取って,優志は安堵した。ジェニファーの笑顔は完璧で会話はそつなく流れたようだったが、自分は何かへまをやらかしたような気がした。僅かに落ち着かない気持ちになった。 「ブライス,ポークは無いから安心してね」  その時ハーレー家の人々と他の一家が到着したのでゲートが賑やかになり, ジェニファーはブライスに小さく手を振ってその場を離れた。ブライスは曖昧な笑顔を顔に貼り付けたまま彼女を見送った。  優志たち3人は少し腹ごしらえをして,それからバスルームを借りて水着に着替えた。水着姿のブライスの上半身は,どう見ても水泳をやっていた身体だった。 「高校まで水泳部だったんだ。俺やジェニファーが通ってた高校は私立で,チームはそれほど記録にうるさくなかったから趣味程度に泳いでただけ」  今も大学のプールで週に2,3回, 3~5千メートルくらい泳いでる,と続けた。優志も小学校を卒業するまでスイミングスクールに通っていたから,4種目泳げる。しかし、中学からはテニスを始めて水泳を止めたので,逆三角形の上半身は手に入らなかった。 ウィリアムズ家の敷地には,水辺から10メートル程湖に延びている桟橋があり,モーターボートと手漕ぎボートが一艘ずつ泊められていた。湖に面した家はどこも桟橋を備えていた。  優志たちが桟橋に向かうと,学生や子供が10人ぐらい集まっていて,一番先端から嬌声を上げては水中に飛び込んで遊んでいた。優志たちもそれに加わり, どれだけ遠くに飛び込めるかを競って, 何度も何度も水中深く潜り込んだ。  桟橋を踏み切って空に向かって跳ぶ。 視界が青一色になり突然緑の帯が一瞬見える。向こう岸の丘だ。そして身体に衝撃を受けて水を切るように鋭く湖水に切り込んで進んでいく。碧い水に自身が作った大小の気泡が身体を包み込む。単純な遊びだったが,優志たちは夢中になって飛び込みを続けた。  優志は桟橋と湖面から,何度もブライスが飛び込むのを見た。足から,そして頭部から飛び込む様は大胆で同時に優雅な身のこなし方で見入らずにいられなかった。  優志は何度目かに頭から湖水に飛び込んだ。自分と碧色しか存在しない空間を楽しんだあと,浮力だけでゆっくりと湖面に浮上していった。顔を水上に出す前に,真昼の光を纏った人影が泳いできた。身体つきからブライスだと判った。
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