第2章 湖水

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ブライスのボードのマストがゆっくりと水面に倒れていった。優志はそれを無表情で眺めていた。 マストがパシャリと水面を叩く音を聞いたとき,身体のあらゆる毛穴から血液がぶわりと噴き出すような感覚を覚えた。 ―ブライスが,あがって来ない… 優志にはブライスがわざと落ちたことが分かっていた。しかも湖のこんな浅瀬に近い場所だ。分かっていたが,身体が勝手に動いた。ブライスを追うかのように,優志もまた水中に落ちていった。  優志は水中に落ちてすぐ身体の向きを変え,ブライスが落ちたであろう方向を見た。そこにブライスの姿がなかった。水中からブライスのボードの位置を確認し,その下を見回したが何も見えなかった。優志はひどく動揺した。    急いで両手で水をかき湖面に顔を上げた。くるくると首を回して辺りを見たが,ブライスの姿を見つけられなかった。優志は大声で呼んだ。 「ブライス!…ブライス!ブラーイス!」  何も考えられなくて,もう一度優志は水中に潜った。ウィリアムズ親子が優志の声を聞きつけて,ビーチチェアから降り立ち,桟橋に向かってきた。 ーブライスの身体が引っかかるような物があっただろうか,ボートをつなぐロープでも漂っていただろうか…。 何も考えられない状態から,一瞬であらゆる可能性が優志の脳裏をよぎった。 ―どうしよう,どうしよう,また水の中で大切な人を見失ってしまったのか…  ブライスが何かに引っかかった可能性を考えて,優志は桟橋の柱の方に泳いで行った。手前の柱に近づいたとき,向こう側の柱の陰に人影が見えた。優志は夢中で泳いだ。その人影も近づいてきた。 ―ブライスだ! いた,いたんだ!  優志は一刻も早くブライスに触れようと右腕を差し出し,ブライスの左手をあらん限りの力で握った。 ―捕まえた! 握った手を自分に引き寄せて二人の身体を密着させると,必死にブライスにしがみつきぎゅっと抱きしめた。  ブライスは驚いた。息が苦しくなってきたので,自分の肩に手を回す優志をしがみつかせたまま,水面を目指して水をかいた。
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