第2章 湖水

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ブライスは優志の左隣に座り,一瞬躊躇したが,固く握られた優志の手に触れた。それからゆっくりと両手をほぐすように開き,自分の左手を間に滑り込ませた。優志はコクリと唾を飲み込み,ブライスの手を握りしめた。 「休むといいよ…」    ブライスは優志の右肩に手を回し,体重を自分に預けるようにと,少しずつ上半身を引き寄せた。 ブライスの肩に頭を乗せ,ブライスの手を握り,優志は上半身をブライスに寄せる格好になった。それから人肌に安心してうとうとし始めた。ブライスは優志の右肩をゆっくりとさすり続けた。  優志は30分ほどまどろんでから目を覚ました。震えは消えていた。呼吸も思考も正常で,落ち着きを取り戻していることが自分でも分かった。同時に自分がブライスに寄りかかって休んでいたことに気がついた。 「わっ,ごめんなさい!」  優志は急いでブライスから身体を引き離した。子供みたいだ,と心底恥ずかしく感じた。 「気にしないで,ユウシ。それより気分はどう?」 「もう大丈夫。ごめんなさい,いろいろ迷惑をかけてしまって…」  申し訳なさそうに俯く優志に,ブライスはゆっくりと話した。 「ユウシ,謝るのは俺の方だと思う。湖でのことを思い返すと,発端は俺の子供じみた振る舞いだったのは明らかだ。ふざけて水中に落ちて,君を驚かそうと桟橋の反対側に隠れていたんだ。そうするべきじゃなかった。すまない」 ブライスの口調はこれ以上ないほど誠実で,真に反省していることが感じられた。 「いや,普通はなんてこと無いことだ。よくあるふざけっこだ。ブライスが謝ることはないんだ」  優志は下げていた視線をあげて,ブライスをしっかりと見つめた。 「俺がパニックを起こしたのには訳がある。自分でもそれを忘れていたよ。…俺には弟がいるんだ。今中2なんだけどさ…」  優志はその訳をブライスに語り始めた。いつも胸の片隅にあって,でも家族以外の誰かに話すのは初めてのことだった。  4年前に起きた震災で,当時優志が住んでいた宮城県沿岸部にある町も被災した。その日,中学卒業を二日後に控えた優志は昼過ぎには帰宅していた。6歳下の小学3年生だった弟も帰宅したばかりだった。銀行勤めの父と,隣の市で英会話教室に勤めていた母は不在だった。
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