第3章 接近

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 日が傾いてきた。帰り時だなと感じて二人は帰り支度を始めた。優志もブライスもうっすらと汗をかき,心地よい疲れを感じていた。  帰り道は,車道ではなく前にエリンと来たときに通った,両脇に草が生い茂った小道を選んだ。二人はゆっくりと歩いた。ボウももう走ろうとはしなかった。  少し歩くと,優志はエリンが立ち止まった場所を思い出して自分もそこで立ち止まった。そしてボウのリードをブライスに託した。 「ブライス,待ってて。いいものがあるんだ!」 優志は灌木に手を差し込んで,鈴なりに実った濃紺の実をそっと摘み取り始めた。横顔が上気して瞳はきらきらと輝いていた。  ブライスは吸い込んだ息を止めて,優志を見ていた。彼から目が離せなかった。   やがて優志がこちらを振り返った。 濃紺の粒を丸めた手の平に収め,満足げな表情だった。ブライスはゆっくり息を吐いた。 「ほら,ブルーベリー。こんなにたくさんなっているんだ!」  優志はブルーベリーをのせた左手をブライスの方に差し出した。ブライスは動けなかった。ただ優志を見つめるだけだった。 「あぁ,リードを持っているんだったね」 ブライスの右手にはリードの端が握られていた。ボウはおとなしくブライスの横に座っていた。 ブライスにはもうひとつ手があることなど忘れてしまったように,優志は自分の右手でブルーベリーをひとつつまみ上げ,ブライスの口元に運んだ。ブライスは優志の目を見つめたまま,少しだけ唇を開いた。  優志はブライスの唇の間に果実をそっと押し込んだ。ブライスは唇の間から果実を口中に引き込んで,ゆっくりと囓り,舌と上あごで押し潰してその汁を味わった。強い酸味が舌を刺激したが,そのあとじんわりと甘みが口の中に広がった。 「うまい…」 「だろう?」  優志が安心したように,もう一度左手をブライスの胸の前に差し出した。  ブライスは左手で果実をひとつつまむと,それを優志の唇に近づけた。  優志ははっとした。ブライスがしようとしていることが予測できた。でも自分はどうしたらいいのかわからず,ただ視線をブライスの瞳に合わせていることしかできなかった。
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