第3章 接近

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 ブライスは聡明で精神力が強かった。違う,何もない,彼とはただの友だちだと言い放ち,その姿勢を崩さなかった。周囲の学生たちは疑惑が晴れたとは思わなかったが,噂をしなくなった。賢いブライスの言い分を聞くことにしたのだった。  そしてブライスは二度と交際相手とは会わなかった。進学の準備を理由に,水泳の大会にも一切出なくなった。 地方の高校生のゲイなんてこんなもんだ,こんな話は掃いて捨てるほどあるとうそぶいて自分を納得させた。  大学に入ってからはしばらく様子をみていた。ゲイ・コミュニティが存在するのを知り,ゲイを受け入れる雰囲気があるのも感じるようになった。 1年の終わりに,ゲイが集まるパーティに顔を出してすぐにボーイフレンドができた。2歳年上でいろいろ教えてくれたし,ブライスは彼を愛していると思った。しかし相手は複数の男性と交際するポリガミーを肯定していた。二人の関係は長く続かず,半年後には別れてしまった。  そして今,優志に出逢った。自分は恋愛経験が豊富なわけではないが,優志は自分にとって特別な存在だとすぐに判った。人生をかけた研究,価値観,人間的な魅力,どれをとっても自分の恋人にしたい存在だ。  それなのにあと2週間したら日本に帰ってしまう…。どうしようもないな,と思った。  3人はあのブルーベリーの灌木の小道を走っていた。ブライスは,昨日のことを思い出して,僅かに興奮が蘇るのを感じた。ふと優志を見ると,動揺が顔に表れていた。ブライスはそれを見てかえって気持ちが落ち着いた。 ―大丈夫,何でもないよ。大丈夫,君を困らせたりはしない。俺たちは,友だち,だ…。  ブライスの興奮は静まり,思い出も意識の奥に押し込んだ。そして優志に向かって優しく微笑んだ。そこに表れたのは好意であって恋愛感情ではないことを確信していた。  3人は公園でボウを走らせ,フリスビーをして遊ばせた。ボウが走り回る速度が落ちてきたのを潮時に,また来た道を戻ることにした。 夕日が海の方角に落ちて空が美しい茜色に変わった。みんなの顔が夕日に染まっていた。一日の終わりの満足した空気が漂っていた。  エリンがブルーベリーの灌木のところでまた立ち止まり,茂みに近づいた。今度は優志もブライスも落ち着いていた。エリンは灌木に向かって何か話しかけて,それから実を摘み始めた。
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