第3章 接近

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 ブライスが飲み物を手にする。スナックをつまむ。ジェニファーが何か言うのに応える。テイラー夫人に話しかける。ジェニファーが指さす島を見る。何か見つけて笑う。口を開けて,ジェニファーを見て,笑う…。 じろじろ見たくはないのに,船内が狭いからどこを向いても目の端にブライスが映った。遼が話しかけてくるけれど,エンジン音と目の前の光景のせいで集中できず,ただ相づちを打つだけだった。 ―ジェニファー,ブライスにくっつきすぎだよな。…まぁ,ここ狭いからな…。  変なことを考えてしまうのが嫌で,優志は上半身をよじってヨットの外側を向いた。船内のことを考えまいとして,視界を流れていく島々に集中した。松島とは全然趣がちがうよなぁ,と独り言を言った。 「…ねぇ,どうなの,ユウシ。…ユウゥシィ?」 何度か声をかけていたようだった。ジェニファーが声高に優志を呼んでいた。 「えっ? 何?」 慌てて振り向くと,向かいの席でジェニファーがいたずらっぽく優志を睨んでいた。麻衣子がおかしそうに説明した。 「今ね,日本の男の子のデートプランがどんななのか訊いてたの」 「ユウシは女の子とどんな風に過ごすのが好きなの?」    ジェニファーが無邪気そうに訊いてきた。それなのに,優志は彼女が『女の子と』と言う言葉をわざとゆっくり発音しているような気がした。 ―何だ,このクソみたいな話題は… 優志は思わずブライスを見た。さっきまでとは打って変わって,口元を一直線に結んでヨットの後方を見ていた。サングラスのせいで表情までは見えなかった。  妙な空気が流れたのを感じて,遼が取り繕うように会話をつないだ。 「優志はさ,もてるんだけど,その,被災してからデートどころじゃないんだよな」  遼が日本語で言ったので,麻衣子が訳してジェニファーに伝えようとした。 「…中川さん,止めて。…俺が言う。 ジェニファー,俺はデートの計画は立てない。誰かを気に入ったらすぐにベッドに誘うよ」  これ以上ない真顔で言った優志に,麻衣子とさおりはきゃーっと嬌声を上げて,優志君って見かけによらないんだ,と騒いだ。ジェニファーはからかわれたのを悟り,落ち着かなさそうに日本人の女の子の騒ぎに顔を向けた。
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