第1章 出逢い

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ワシントン大学での外国人工学部生向け夏季講座に申し込んだのは,2人にとって希望を叶えるための小さくて大きなステップだった。 「こんなことを話すと,大抵のひとからは『すごいね』って言われて,あとは話題を変えられるけどね」  優志と遼は自嘲気味に笑った。それから優志はブライスが信じられないといった表情で優志を見つめているのに気づいた。 「…俺もプリンストンで宇宙航空工学を専攻しているんだが…」  今度は優志と遼が驚く番だった。それからの3人はそれぞれの研究について夕方まで語り合った。まだ2年次の二人が3年生のブライスの話を聞くことの方が多かったが,ブライスは話が一方通行にならないよう,二人の研究についても熱心に聞いてくれた。 優志は心から会話を楽しんだ。英語だから半分も語り尽くせないものの,夢中になっていることを誰かに気兼ねなく話せることが、こんなにも幸せな気分にしてくれるとは思ってもいなかった。ジョーンズ家にステイできる遼を心から羨ましいと思った。  翌日の土曜日には,ワシントン湖にプライベートビーチを持つ別のホストファミリーの家でバーベキューが計画されていた。優志は,二人と一緒に行くことを約束してジョーンズ家を出た。 自転車にまたがってペダルをこぎ出そうとした時,優志を呼ぶ声が聞こえた。 「待って,ユウシ。送っていくよ」 ブライスが,優しく微笑んでいた。 「送っていく」ことの意図が分からず,優志は不思議そうにブライスを見て,なんと返事をしたらよいのか戸惑っていた。ブライスが間近にきたので,優志は自転車から降りてブライスのそばに立った。そしてブライスの横顔が、とても綺麗だと思っている自分に気づいて、動揺した。 「…君と話がしたいと思って…」 少し間を置いてブライスは言った。顔は、優志が進む先の坂道の下り方向を見たままだった。それからブライスはゆっくりと優志の方を向き,返事を求めるかのように優志の目を真っ直ぐに見つめてきた。彼の顔からは微笑みが消えていた。 答える言葉はどう考えてもひとつだけだった。しかし,その言葉は優志にとってとても大きな意味を持つのではないかと思われた。 「ああ,俺も…貴方と話がしたいです…」
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