第3章 接近

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 夕食を終えて寮に戻ると,ブライスが学習室にいた。優志はホッとした。ここでは落ち着いて講座の内容を話すことができる…,ブライスの意見も聴きたい。優志は一日緊張して過ごしたが,今は自然と顔がほころんだ。  遼と優志が順番に今日一日の内容を話し,明日以降の内容をブライスに伝えた。ブライスは,面白そうな活動だな,と演習用の文献に目を通した。日本人以外の学生もブライスの言葉を待った。 「…そうだな,自分にとって得意分野じゃなくても冷静に分析する力が試されるな…。グループに5人いるんだから,それぞれ補い合ってまとめていくんだな…。君たちはもう役割分担を決めているんだからとてもいいスタートを切ったと思うよ」 協力し合えば何とかなるよね,と学生が口々に言った。ブライスは信頼できる資料を公開している研究所や大学の名前をメモに書き留め,あとは指導教官に尋ねるのがベストだね,と付け加えた。 ブライスの言葉は安心をくれる,それに必ず有益な情報をくれる…,優志はブライスの笑顔に心から信頼を寄せた。かけがえのない人だ…と。 しばらく雑談してると,週末の予定に話題が向いた。優志と遼は土曜日にテニスに加わることにしていたが,午後は優志のたっての願いでウィンドサーフィンをすることにした。わかった,ウィリアムズ家にお願いしておくよ,とブライス片目をつむって見せた。  次の日曜日にはレーニア山までドライブしようか,そうブライスが話しながら3人は寮の出入り口まで進んだ。  ふとブライスが真剣な表情になった。そして一気に言い放った。 「明日からここに来るのを止めようと思う。講座の内容は,君たち参加学生にチームワークを求めている。俺が手を貸すことは君たちの活動の妨げになる。何か困難にぶつかってもグループで協力して…」 ―えっ,そんな…  優志は顔が蒼白になった。毎日会えるものとばかり思っていたのに,一瞬でその期待が失われた。何と言っていいのかわからない。 「えーっ,ブライスなしだとすっげぇ不安だな,俺。ちゃんとできるかなぁ」 少し困ったようなのんきな声で遼が言った。 「何か助けが必要なら連絡して。 じゃあ」 ブライスは自分のハーフパンツのポケットに入っているスマホを指さし,それから優志の顔をことさら見ることなく去って行った。優志は言葉がなかった。
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