第3章 接近

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「あさって,リョウたち日本人学生とウィリアムズの子供たちと一緒にテニスをすることになってる。多分,午後はウィンドサーフィンになると思うよ」  アセナの顔がぱっと明るくなった。 「それに日曜日にはレーニア山に連れて行こうかとも思っている。それで彼らの自由になる週末は終わりなんだと思うよ」  ブライスのはっきりとした物言いに,アセナから笑顔が消えた。 「…来週末には帰国なのね。…ブライス,もし機会があれば,リョウとユウシを家に呼べるかしら。ここであなたとゆっくり過ごして欲しいわ」  咄嗟にブライスは無表情に返してしまった。 「お母さん,彼らは『お友だち』を作ったり,楽しく過ごすために日本からシアトルまで来たんじゃないんだよ」  アセナは少し苦しげな表情をした。 「…わかっているわ,ブライス。でも, 本当に親しい誰かと共に過ごす時間を作ってもいいんじゃないの? 彼らにとって,その誰かがあなただったら,躊躇してはいけないわ」 『彼ら』と言ってはいるが,アセナが本当に言いたい人物のことはブライスに痛いほど伝わった。 「わかるでしょう,世の中にはこんなに多くの人がいるのに,心からわかり合える人はほんの僅かなのよ。彼らと分かち合うことを怖れないで」 アセナがブライスを優しく見つめた。ブライスはテーブルから目を離せないでいた。しばらくそうしていたが, ゆっくりと視線を上げた。 「…ありがとう,お母さん。臆病者になるつもりはないよ。相手と自分に誠実に振る舞うよ」 「ブライス,あなたにはきっと素敵な人生が待っているわ」  部屋に戻ったブライスは,ベッドに横たわって考えた。 ―母は俺の高校の時の噂を知っていたんだろうか。私立学校という狭い社会だから,誰かが母の耳に入れたかも知れない。 ―いや,単純に自分の学生時代のことを思い出したのかもしれない…。 いずれにしても,母が自分に言ってくれた言葉は大切にしたいと思った。そして,ユウシのことも…。
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