第3章 接近

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 最後のウィンドサーフィンは,4人のプレーニングで締めくくろうと,ウィリアムズ父娘,ブライス,優志が湖の沖に出た。 列になってジグザグに進む。前の人との距離を保ちつつ,まずは遅れないように…。そのうち余裕ができるとぐっと腰を落としてセールに風を受け,左右への振り幅を広げる。その感覚に何ともいえない興奮を覚える。 時々他の人とすれ違う。みな笑顔で大きく手を振ってくれる。中には大声で歓声を上げる若者もいる。  穏やかで広々とした湖,一年で一番濃い緑をしているだろう周囲の丘,青い空,それらをほぼ自然に近い姿で満喫する人々…。 優志はこの場所でひと夏を過ごしている事実を奇跡のように感じていた。 ―俺は,一度は死の水に浸かりながら助けられて生かされてきた。 ―きちんと生ききろう。自分を生かせる道を見つけて,持てる限りの力で…。  目の前にはブライスがいた。大きめの波を拾ってはボードをジャンプさせていた。彼もまた湖の上で生きる喜びを感じているに違いなかった。陸でのしがらみを一時でも忘れ去って…。  ビーチに戻ると4時に近かった。日差しが夏の終わりの翳りを落としていた。優志は借りていたボード類をきれいに洗ってから,乾かすためにガレージの前に移動させた。 車に自分のボードを積み終えて戻ってきたブライスに,ジェニファーがあの満開の華が匂うがごとき笑顔でブライスに近づいたのが見えた。優志の胸がちくりとした。 ジェニファーに腕を引かれ家の中に連れて行かれるブライスが,ポーチへ曲がる直前にガレージ前の優志に気づいた。かけていたサングラスを頭上に押し上げながら,やれやれ,というような表情と小さな微笑みを優志に送ってよこした。 ウィリアムズ夫妻とセアラたちはビーチチェアや芝生の上にに寝そべっていた。日本人学生は桟橋から手こぎボートに乗ってほんの少しだけ沖に出ていた。
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