第1章 出逢い

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 ブライスは穏やかに微笑んで歩き始めた。優志も自転車を押して続いたが,自分は何かを意識しすぎているのではないかとどぎまぎしていた。 「ユウシは英語が得意なようだね」 「ええ,母が小中学生向けの英語会話教室を開いていて,俺も小さい頃から英語には親しんでいたかな。中1の夏にフロリダでホームステイを経験して,日常会話程度なら何とかなると思えるようになったし。工学部に入って留学を実現させたいと考えていたから,高校でも英語には力を入れていたな。塾に通ったり。大学では工学部生向けの英語の授業を取ってるんだ。テクニカル・タームを覚えるのに必死で内容まで追いつけないんだけど」  話しながら最後の方でやっと笑顔が浮かんで,自然にしゃべれたな,と優志はほっとした。ブライスは優志の話に大きく頷いた。 「プリンストンの大学院にも数人日本人がいるよ。君たちには言葉の問題もあるのに,とても勤勉だから敬意を表するよ」  優志は,勤勉であるよりも学部生でプリンストンに入れるほどの才能の方に羨望を感じた。しかし卑屈に聞こえるのは避けたかったので,そのまま黙っていた。 「ところで,フロリダにホームステイってもしかしてケネディ宇宙センターを見たくて?」 「そう!絶対見たくて。見学ツアーに参加させてもらって…。とても興奮して基地の見学に熱中しすぎて集合時間に遅れて…。ホストファミリーにあきれられたなぁ」 「今エンジンに関心があるんだったね?」 「俺が中学生の時に,日本で小惑星探査機のハヤブサが小惑星のイトカワでサンプル採取して帰還したんだ。トラブル続きで帰るのに7年もかかったんだけど,地球との交信を頼りに戻ってきた経緯に感動したんだ。機械なのに,交信のやりとりの仕方がまるでコミュニケーションを図れる人間みたいに感じたよ。俺もそんな機械を運ぶエンジンを作りたいって思ったんだよ」 ブライスは立ち止まってまじまじと優志の顔をみつめた。温かな感情が浮かんでいた。 「君のような純粋な動機を持つ人は,決して夢をあきらめないだろうな。宇宙工学の道に向いているよ」 「あ,ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
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