第3章 接近

31/33
前へ
/116ページ
次へ
優志は,庭の端にある水道水で身体を洗い,服に着替えた。小腹が空いてスナックのあるテーブルに近づいたとき,ポーチからジェニファーの大声が聞こえた。優志もそこにいたみんなもポーチの方を向いた。 「こんな,こんなことって!…信じられない!… ああっ!気持ち悪いっ!」  叫びながら,ものすごい形相でジェニファーが小走りに庭に降りてきた。  何があったのか想像がつかず,誰もが唖然としていた。  ジェニファーが丸いプラスティックテーブルに立ち尽くす優志を見るやいなや,すぐそばまで駆け寄ってきた。顔は怒りのせいなのか赤く染まり,目はこれ以上ないほど見開かれ,唇はわなないていた。 「ユウシ,気を付けた方がいいわ。彼があなたに優しいのは邪な想いを抱いているからなの,気持ち悪い!彼は隠してたつもりかも知れないけど,私たちはみんな知ってた,高校の時からそうだったのよ!」  思いもよらないジェニファーの言葉に,場の空気が凍えた。 「…あぁ,それともあなたもゲイなの?…あの,優秀な学生ぶってるブライスみたいに!」 優志を見るジェニファーの表情が,おぞましい物でも見るようなものに変わった。誰も指一本動かすこともできなかった。ジェニファーは家の方をちらと振り返り,誰も出てこないことを見て取ってから庭の外に向かおうと踵を返した。 そのとき,いつの間にかセアラがジェニファーの前に立っていた。ジェニファーより頭一つ分小さいセアラは両手を握りしめ、目にはジェニファーとは違った静かな怒りが湛えられていた。彼女はぎりりと結んでいた唇を押し開いた。 「人は,誰を好きになるかで人間性を批判されるべきではないわ。ゲイかどうかはその人の生まれながらの特徴で,他人に非難されたり嫌悪されるべきじゃないのよ」  ジェニファーはセアラに圧倒され後ずさった。そしてセアラを避けてゲートに走り出した。 「こんなの,今じゃ小学生だって知ってることよ」 ジェニファーの後ろ姿にセアラは追い打ちをかけた。 少しして車が走り去る音が聞こえた。
/116ページ

最初のコメントを投稿しよう!

285人が本棚に入れています
本棚に追加