第3章 接近

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 ブライスが庭に降りてきた。憔悴しているように見えたが,しっかりとした足取りでウィリアムズ夫妻に近づいた。 「…すみません,ジェニファーの気分を害してしまいました。彼女と俺がお互いに期待していたことが違っていたようで」 ウィリアム氏が立ち上がって,申し訳なさそうにブライスを見た。 「…あ,ああ、ジェニファーは,その,感情的になることがあって…。君に失礼なことを…その,言ったのではないかな…」 「いえ…。ウィリアムズさん,今日もビーチを使わせていただいて,ありがとうございました。俺はこれで失礼します」  ブライスは,少し硬い表情のまま振り向き優志に視線を向け,じゃあ,という感じで頷いた。優志は真っ直ぐに見つめ返した。言葉はなかった。 ブライスはゲートに向かう途中でセアラを見つけ,穏やかに微笑んだ。セアラはまだ目に興奮を残していたが,ブライスを見て深く息をついた。  ボートからビーチに戻ってきた学生たちは,事情がよくわからないながら,ボートから見えたジェニファーの様子から,自分たちは寮に帰るのがいいと判断した。優志は予定通りハーレー家に泊まることにした。 「優志,俺,明日は麻衣子ちゃんたちとお土産を買いに行こうかと思うんだ。山に行く話もあったけどさ…,来週末には帰国するし…。お前,どうする?」 「あぁ,お土産は,俺はまだいいわ。この辺をぶらぶらしてるよ」  日本人学生をウィリアムズ氏が送り,優志はセアラと歩いてハーレー家に向かった。セアラの友だち二人も一緒だった。ウィリアムズ家での騒動について蒸し返す子は誰もいなかった。  友だち二人と別れて最後のブロックを歩いていた時,セアラは優志に静かに話しかけた。 「ユウシ,あのね,ブライスはユウシのことが好きなんだと思う。それで,ジェニファーは失恋して混乱して,あんな攻撃的な態度だったけど,普通の人はゲイに偏見を持ってないから。…少なくとももっちゃいけないって知ってるから…」 「うん,わかってるよ」 「ブライスのこと,裏でこそこそ言う人もいるけど,本当はムスリムだとか,頭がいいのを鼻にかけてるとか,…ゲイだとか…。でも,そんなの関係なくて,ブライスは本当にいい人だよ」 「うん,わかってるよ,セアラ」
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