第4章 約束

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「お,おはようございます。すみません,俺、昨日,窓からここにお邪魔して,それで…」  アセナに申し訳なさそうに話し始めた優志が,途中でぴたりと止めた。口を小さく開いたまま,ゆっくりとブライスに視線を向けると優志の顔に羞恥の色が浮かんできた。 ―まずい,昨日の夜のことを思い出してるな…  少し落ち着きを取り戻したブライスが,優志の話を引き継いだ。顔にはすでに微笑みすら浮かべていた。 「それで話し込んでさ…,講座のこととか,大学のこととか,大学院でやりたいこととか…。そしたら,ほら服のまんまいつの間にか眠り込んだんだよな…」 ブライスは,服という言葉をことさら強く言い,優志のTシャツの袖を引っ張った。アセナに背中の半分を向けたブライスは,声は優しいが目に有無を言わせぬ威圧感があった。 ―話を合わせろ,ユウシ…。 「…そう,そうなんです。俺,疲れててついブライスのベッドに横になっちゃって…。あの,本当にすみません」  ぺこりとお辞儀をした優志に,ブライスは内心胸をなで下ろし,不安を一掃した表情になった。 ―いいぞ。ばっちりだ。  寝乱れてはいたが衣服を上下ともに身につけていた男2人を交互に見て,アセナはあきれた,というように肩をすくめて見せた。 「それで,レーニア山には行くのかしら?行くのだったら,サンドイッチを準備してあげようかと思って…」 事の顛末に安心したアセナは,少し機嫌を良くしたように口角を上げ,明るい調子で訊いてきた。優志の左後頭部の寝癖がおかしくて,くすっと笑いがこぼれた。 優志はその口元を見て,ブライスに似てるなぁ,と思った。そう思った瞬間,何か大事なことを言い忘れている気がして焦り,その間に言葉が勝手に口をついて出てきた。 「ジョーンズ夫人,山には行きますけど,その前にお話したいことがあります」  優志の瞳に断固とした決意が表れていた。
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