第4章 約束

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「そういうことかな。あのとき,セアラがジェニファーに言った言葉で俺は目が覚めた。ずっと前から俺はブライスに惹かれてたと思うんだけど,俺の中の何かが自分自身を引き留めていた気がする。 自分はゲイを差別するような人間じゃないと思っていたんだけど…自分がそう呼ばれる立場になるのを無意識に怖れていたんだと思うよ」 「よく分かるよ。俺もそれがずっと怖かった…。ゲイだとばれることは,自分の弱みを知られることだと感じていたよ…。今は君がいるから怖くない」 ブライスは優志の後頭部に手をやり優しく撫でた。 山を完全に下り,なだらかな土地に広がる牧草地帯を北上していると,イートンビルというところで車が本線から外れた道に入った。 ガソリンスタンドやコンビニなどの裏手にあたる通りには建物がまばらに建っていて,車は横長の建物の前に進んでゆっくりと止まった。その平屋の建物は周りを高めの生け垣に囲まれ,外観はベージュっぽい色合いでごく落ち着いた雰囲気だった。 優志はぼんやりしたまま,道路際に建てられた看板を読んだ。 ―パラダイス・モーテル…?ブライス,トイレにでも寄るのかな…。  しかし,ブライスはすぐには車を降りるそぶりを見せない。優志が怪訝な表情でブライスを見ると,サングラスの下のブライスの頬に赤みが差しているのが分かった。 「どうした…?」  そう声に出してから,優志ははっとした。それから自分の頬にも一瞬で血の気が上るのが分かり,金魚のように口をぱくぱくさせた。  ブライスが左手でゆっくりとサングラスを外して右に顔を向け,優志の膝辺りに視線をさまよわせていた。 「…ユウシ,俺…」  低く発せられたブライスの声があまりに掠れていて,優志は思わずブライスの右腕に手を添えた。ブライスが少しずつ視線を上げたので,優志はブライスの視線を捕らえることができた。その瞳には切なげな欲情が浮かび,不安が濡れた幕のように覆って揺らいでいた。  優志は添えていた左手に力を込めた。 「…分かった。俺たち時間がないからね」  優志は,できるだけ余裕が感じられるように微笑みを浮かべてみた。それでも唇が僅かに震えてしまった。ブライスは優志の思いやりを感じて,静かに息を吐き彼の肩を抱きしめた。 「ありがとう,ユウシ。愛してる…」
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