第4章 約束

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「ああ,優志も大学院はこっちに来るだろ? 俺,先週,母を通して宇宙工学に明るい教授と会ってきたよ。何とかなりそうな感触を得られた。俺が宇宙工学の理論を研究できる場所が見つかるかもしれない。そのためには,こっちの連中に俺のことが欲しくなるような ,そんな研究をまとめなくちゃいけなんだ,これからの1年で」 「大丈夫,できるよ,ブライス。俺とここで再び逢って,一緒に暮らすんだろ?」  ふふっと笑って,ブライスが優志を優しく強く抱きしめた。 「ソウデス。ヨロシクオネガイシマス」  ボーイング社が移転して,航空工学はシアトルでは廃れた感が確かにある。しかし,航空工学に対しての理解は広く得られているし,この分野で新たなことに取り組むのも理解が得られそうな雰囲気がある。大きな事はできないかも知れないが,既存のものに改良を加える研究なら実益がありそうだ…ブライスはそう分析していた。 -小型探査機の改良なんかが最適だ,そう,優志が言っていた… 「ブライス,知ってる?」  夜空をじっと眺めていた優志が口をひらいた。  「はやぶさ2っていう小惑星探査機が半年くらい前に飛ばされて,今地球の軌道を回ってるんだ」 「えっ」 「あと3ヶ月くらいで地球に近づいて,地球の引力を利用してスイングバイするんだ。それで小惑星『リュウグウ』に行くんだ」 「そうか。今回はコミュニケーションは取れているのか」 「今のところはね。…仮にどんなことがあったとしても,はやぶさ2は地球に戻ってくる」 「何でそう言い切れるんだ?」 「だって,はやぶさ2には地球しかないんだ。地球だけがはやぶさ2の帰る場所だからね。地球のスタッフは粘り強く待つだけ。諦めないことが大事なんだ」 「…優志…」  ブライスは後ろから優志を強く抱きしめた。優志のさらさらした髪の毛に口づけした。 「ブライス,俺,まだシャワー使ってない…」 「ん~平気。優志のリアルな匂いがするよ」 「はっ?」  ブライスは,寮の門限5分前に優志を帰した。半ブロックほど入り口の手前で車を停め,また明日,と優志が言いながらハグする。軽い雰囲気にそぐわぬ感情が沸き起こらないうちに,ブライスは優志から身体を離した。
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