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――遅い。
始業のチャイムが鳴ってもう十分以上経つのにこの木綿陸高等学校・二年一組に担任の黒岩が来る気配が一向にない。
担任が来ないことをいいことに、藤崎流花のクラスはとある噂を話題に騒ぎたてていた。
話題は専らこの新学期早々に転校生が来る、ということである。
「可愛い子女の子だ!」
「絶対イケメンの男の子!」
「いやいや、髪の毛染めてるっていう話だから、結構やんちゃしてそうだぜ」
そんな信憑性のない話だけが上がり、転校生に対する勝手なイメージだけが膨らむ。
クラスメイトの話を聞きながら流花は一人苦笑した。
そもそも今日から登校する転校生なのに、一体、どこからそんな情報を手に入れることができたのだ。
しかもその情報からだと性別ですらもわからない。
しかし、あれだけ盛り上がっていた転校生の話も、教室の扉が開かれたことで中断となった。
「うるさいぞお前ら。廊下まで声が聞こえている」
黒岩は出席簿でトントンと肩を叩きながら、呆れたようにため息をついた。
「ほら、入っていいぞ」
黒岩は後ろに振り向いて手招きする。
まだ黒岩の背後で隠れていたので姿は視えなかったが、彼の後ろに転校生がいることはクラスの生徒誰もがわかっていた。
先に行く黒岩にくっつくように転校生が教室に入る。
その途端、教室内にいくつかのため息が聞こえた。
誰だよ、可愛い女の子って言った奴。
転校生を女子だと思っていた哀れな少年たちの嘆息だ。
そんなため息など構うことなく、黒岩は黒板に転校生の名前を書き始めた。
教卓の真ん前の席だった流花は、正面にいる転校生の顔をじっと見つめた。
まず目に飛び込んできたのは赤毛の髪と色白な肌だ。
茶色の瞳は彼の色素の薄さを強調している。
流花も色素が薄いので肩まで伸びたセミロングの髪も茶色がかっているが、転校生の彼はそれ以上に明るい。
そう見ているうちに流花と転校生の視線が交わった。
転校生は目を細め、子供のような屈託のない笑みを浮かべる。
これだけ周りに注目をされているにもかかわらず、彼はまった緊張していない。
むしろ彼はこの新たな環境にわくわくしているようで、目を輝かせながら教室内を見回していた。
そうしているうちに黒岩が黒板に彼の名前を書き終えた。
黒板にはいつもより丁寧な字で「柄沢瞑」と書かれている。
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