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五月の連休が明けた頃になると、瞑もこの木綿陸高等学校での生活も慣れてきた。
特に藤崎流花とはあの事件以来自然と話すようになった。
また、隣の席である千倉燿とは否が応でも関わることになる。
この一ヶ月のうちで瞑も二人のことがわかってきた。
まず、燿は大人しく座っているだけなのに男女関係なく話しかけられる。
かといってクラスの中心的な人物という訳ではなく、どのクラスメイトに対しても深追いもせず、拒むこともなく、程よい距離感を保っていた。
そのため、誰も燿のことを悪く言う者もおらず、人間関係のトラブルもなさそうだ。
世渡り上手なタイプなのだろう。
一方、流花は休み時間のたびに静かに読書をしていた。
しかし、自分で「友達は少ないほう」と言っていた彼女もクラスメイトに話しかけられたらちゃんと受け答えするし、たまに違うクラスの髪を二つに結んだ小柄な女子と話していることもある。
彼女もそれなりに平和的に学校生活を送っていたのだ。
瞑は密かに流花のことを気にかけていたのだが、余計なお世話だったようだ。
だがある日のこと、流花が好きな読書にですら身が入らないほどぼんやりとしていた。
授業中もずっと上の空で、黒板を見る目も虚ろだ。
「どしたの?」
心配した瞑が声をかけるが、流花は「何が?」と惚けた。
「なんか……今日の流花、元気ないよ?」
「そう? 気のせいじゃないかな」
流花はそう言って笑顔で瞑を受け流す。
だが、その笑顔ですら瞑はわざとらしく見え、なおさら不自然に感じた。
しかも、普段は放課後に残って読書や課題をする彼女なのに、今日はホームルームが終わった途端に教室を出た。
いつもとは違う流花に瞑は小首を傾げる。
「なあ燿。今日の流花、なんか変じゃなかった?」
瞑は隣の席で部活に行く準備をしている燿に尋ねる。
「変って言われても……」
一瞬渋い顔をする燿だが、すぐに思い出したように「ああ」と頷く。
「柄沢は知らないもんな」
「え?」
「いや……なんでもない。俺、部活だから行くわ」
燿は笑顔を振舞って誤魔化した後、部活用具を持って教室を出た。
「あ、燿!」
咄嗟に瞑が呼び止めるが、燿は振り向きもしないほど完全に無視する。
「なんだよあいつ……気になるなあ」
立ち去る燿の背中に瞑は独り言ちる。
だが、これ以上訊くこともできないので、瞑は仕方なく帰宅することにした。
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