真夜中剣舞

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「お兄ちゃん! お兄ちゃんってば!」 愛らしい少女の声で燿は目が覚めた。 眠りから覚めた燿はぼうっとした頭を無理矢理起こし、ゆっくりと横を見た。 そこにはツインテールの小柄な少女が不貞腐れた顔で彼を揺さぶっている。 「遅刻しちゃうよ。起きないからまた目覚まし時計止まっちゃったじゃない」 少女は全く!と頬を膨らませながら腰に手を当てながらアラームの設定時間より時が進んでいる目覚まし時計を指した。 そんな彼女を鬱陶しく思いながら 燿は目を擦り、起き上がった。 「(りつ)……勝手に部屋に入るなって何回も言わせるな」 燿は少女もとい妹の律に向けて眉間にシワを寄せる。 だが、律も負け時と燿に食らいついた。 「お母さんが起こせっていうんだもん。起きなきゃバスに遅れるよ」 そう言いながら律は彼を布団から引きずりだした。 ーー妹に起こされながら今日も退屈は一日が始まる。 朝食食べて、バスに乗って登校。 そしてかったるい授業を受け、部活に行く。 だが、それもひと月前までの話だ。 燿はいつも通り、旧商店街前のバス停でバスを待つ。 旧商店街は今日も人通りがなく、初夏なのにも関わらず冷たい風が通り抜ける。 あの日の事は昨日のように思い出されるが、もう過去の話だ。 どうでもいいとまでは思っていない。 自分の体質がどうとか、柄沢瞑がああとか、あまり気にしていなかった。 悩んだって、疲れるだけだ。 やがてバスが停車し、燿を乗せて動き出す。 朝のバスはまだ乗客が少なく、空いてる席に座り、窓辺から流れる景色を眺める。 だが、そこから見える景色を眺めたまま燿は顔を顰めた。 藤崎奈古の一件から変わった事が一つある。 青白い顔で俯きながら長い髪を風で靡かせる女性。 道の端で体育座りをしながら動かない子供。 あの日を境に彼は視えざる魂を視えるようになってしまったということだ。 ーーバスは大榛寺前に停車する。 乗ってきたのは間抜けな顔で欠伸をする瞑だ。 彼は腕をくるくる回しながら「いって~」と小声で呟く。 寝坊してまた悟に関節技でもかけられたのだろう。 赤い髪は寝癖で立ったままである。 燿はそんな気の抜けた瞑を流し目で見る。 残念ながら彼は自分のこの変化してしまった体質を知る数少ない人物なのである。
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