「秋の風を受けて」やおいやおい

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「秋の風を受けて」やおいやおい

「秋の風を受けて」やおいやおい  泰雄は秋の訪れを予感した。地元はまだ、夏の茹だる暑さが残り、季節最後の蝉が鳴いていた。地元を出てから数時間、泰雄は一人無言で運転を続けていた。気付けば都内を目前とした高地のサービス・エリアだった。車を降りると、ドアの僅かな隙間から吹き込む風が冷たかった。泰雄は学生時代、運動嫌いだった。だが、体育のあとの冷たい空気だけは好きだった。 「もうすぐ、十月か」  泰雄は、誰にともなく、つぶやいた。風が首筋を抜けていく。泰雄ははじめて自分がずっと休憩を取らずにいたことに気付いた。都内に就職して早三年目、はじめての帰省であったことにも。泰雄はほんの少し、疲れを感じた。 「ここのところ、仕事づくめだったもんな」  缶コーヒーを飲みながら泰雄は高校時代を思い出していた。毎朝の通学路、駅前商店街の惣菜屋が、サービス・エリアの屋台が重なった。卒業式以来、疎遠になった親友二人の姿が擦れ違ったカップルに重なった。ふいに、もう卒業した街に気持ちが引き戻される。  かつての級友たちが今どうしているのだろうか、とふと思いを馳せた。十年経った今、顔を思い出せる級友は、数えるほどしかいない。卒業アルバムに並んだ顔をみても、何人も思い出せないだろう。泰雄は、その卒業アルバムの表紙すら思い出せなかった。卒業アルバムには、担任からのメッセージも、級友からの寄せ書きも何も書かれていない。泰雄は、それを望んだように過ごしていた。 (続く)
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