からっぽの僕の心に

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僕らとアイツの家に辿り着き、2人で目を合わせてから扉を開けて中に入る。 怒鳴り声が響き、お酒のビンが空を飛んでひなたの頭をかすめて扉に当たる。 僕らはそれで身体が動かなくなる。 ギリシア神話で読んだメデューサとはきっとこういうものなのだろう。 ドシンドシンと音を鳴らしてこっちに来る。 アイツは大きな音を鳴らすのが好きなんだ。 僕もひなたも大きな音が嫌いなのに。 大きなアイツは近くまで来ると、ひなたの髪を掴んで自分の住処へ引っ張って行く。 僕は動けない。 足が震えて声も詰まって腕も上げられない。 姿が隠れて見えなくなると、ドンドンとひなたを叩く音が聞こえてくる。 お母さんと一緒に消えたかった。 震えが全身に回り、脳みそまで震えて何も考えられなくなる。 「お兄ちゃーーん」 ひなたの泣き叫ぶ声で、ようやく呪縛から解き放たれた。 急いでひなたの元へ走り、自分の身体でひなたを隠す。 アイツは何か醜い言葉を吐き出しながら僕の背中を踏みつけ、お酒のビンで頭を打つ。 アイツの気が済むまでもう少しかかる。 何も考えず、からっぽの心で居ればいい。 しばらくすると攻撃がやんで、足音を立てながら立ち去って行く。 バンと玄関の扉が閉まる音が聞こえる。 「ひなた、痛い所はどこ?」 「ここと、こことここと…」 ひとつひとつ、顔をびしょびしょに濡らしながら痛い所を教えるひなた。 「よしよし。頑張ったね」 ひとつひとつ、教えて貰った所に手を当てる。 押入れの戸を開けて、僕らの住処に入る。 縛ってあったビニール袋をほどいて、ひなたにパンの耳を渡す。 すぐに食べ終わり、もっと欲しいと掌を見せた。 「もう無いんだ。明日また貰ってくるからね」 ひなたが上着を脱いで横になると、服で隠れていたたくさんの痣が嫌でも目に入る。 この痣の数は、僕がひなたを見捨てた数だ。 罪の痛さから逃げるように、押入れの戸を閉めて視界を遮断した。
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