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その日から佑典くんと連絡がとれなくなった。
『会いたい』
『連絡下さい』
何度も何度もメールを送った。電話をかけても、数コールかで電話に出られない、とアナウンスが流れる。
そんなはずはない、そんなはずはない。
私は嫌な予感を必死にかき消していた。
そんなはずはない。
あんなに何度も好きだと言ってくれたのに。
絶対にそんなはずはない。
「凛ちゃん最近元気ないね?なんか悩み事でもあるの?」
昼休み、会社で姫に話しかけられた。姫は、社長の娘で、姫というのはもちろん本名ではない。姫が子供の頃、従業員たちがそう呼びはじめ、定着したそうだ。長い髪に短く切り揃えた前髪がよく似合っている。
私は従業員15人ほどの小さな中古車販売店に勤めていて、女性は姫と社長夫人だけだった。
姫とは恋愛の話をするほどまだ親しくはなかったけれど、このどうしようもない寂しさを何とかしたくなり、姫に佑典くんのことを話した。
「なにそれ、最低」
姫は白い肌を少し赤くして憤りを見せた。
「でも、学校やバイトで忙しいのかもしれないし」
「大学は9月も休みだし、2週間も連絡つかないなんかありえないから」
「でも」
「言いたくないけどヤリ逃げよ?」
「でも好きだって言ってくれたもん」
「そんなの何とでも言うから」
「でも」
「もう忘れよ?」
あんなに好きだと言ってくれたのに。
きっと姫に何を言っても分かってもらえない。
姫が頭をなでてくれると、涙が落ちた。
姫の手は温かかったけれど、姫の言葉には耳を塞ぎたかった。
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