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店を出ると氷のような雨が降っていた。
秋さえ通りすぎ、日に日に冷え込む冬が訪れていた。彼に抱かれた夏はもう霞んでいる。
「寒いね」
姫がマフラーを巻きながら言った。
「車とってくる。待ってて」
修二さんが急ぎ足で駐車場へ向かった。
姫と森谷さんの3人になり、沈黙を破って姫が彼に話しかけた。
「役所でなんの仕事してるんですか?」
たいしたことはしてないけど、と笑った後で森谷さんは続けて言った。
「市のアピールかな。こないだ祭あったでしょ?あれの運営とか、小町コンテストとか」
「あのミスコン市がやってるんですか?」
「うん。あれもPRしてもらう仕事だからね。ただ毎年応募者少なくて困ってるんだよ」
「じゃあ来年は私出ますよ」
「優勝間違いなし」
姫たちは冗談半分に笑った。
この人、来た時からずっと笑っている。歯並びの良い白い歯が常に見えていた。
でも、こんな短い時間では人柄までは分からない。当たり前だ。それなのに、佑典くんに初めて会った時は一瞬であの空気に呑み込まれた。あんなに、胸が高鳴った。私は本当に佑典くんのことを何も分からないままに好きになってしまった。
簡単に手に入ったと思う恋こそ、とてもとても儚いのだと痛いくらいに思い知るばかりだ。
それでも、一度好きになってしまった思いは簡単には消えない。
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