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車から降りてきた女の人は自動ドアのカギを開けた。間違いない。従業員だ。急いで車から降りて駆け寄る。
「あ、香西さん?」
「はい」
「高橋です。よろしくね」
彼女は愛想良く言った。黒髪を無造作に伸ばし、切れ長の目は一見冷たそうだが、笑顔の似合う人だ。私より少し年上だろうか。
「はい、お願いします」
高橋さんは自動ドアを手であけ、中に入った。私も続いて入る。暗くて静かな店内に私たちの靴音だけが響く。
「ここが事務所ね。入る時は一応ノックして入ってね。まぁ、今は確実に誰もいないけど」
事務所に入ると2つ机が並んでいる。入ってすぐの壁にタイムカードがかけられていた。
「あったあった」
高橋さんが私の名前を探しカードを渡してくれた。
ガチャン、ガチャン
彼女の真似をして打刻した。
『藤原佑典』
彼の名前を見つけた。高橋さんに気付かれないよう、彼が触れているだろうタイムカードにそっと触れた。それだけなのに、胸が痛くなる。
同じ時間に働くことはきっとないだろう。会うことはないかもしれない。
それでも、彼との関わりが何もない毎日よりずっといい。
ここには彼が溢れているはずだ。
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