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◇
「ただいま、じいちゃん。」
アパートの一室、仏壇に手を合わせてからソファに置かれた服を手に取る。
仏壇の主であるじいちゃんは二年前に他界した私の唯一の家族。両親の顔は知らない。
じいちゃんは、道場の師範で、空手を教えていた。
当然、後を継ぐのだと思っていた私にまさかの出来事。
じいちゃんが他界した後、以前からそこの土地を狙っていたらしい悪徳不動産屋に『担保契約書』なるものを見せられてアッサリと持って行かれた。
それでも残った1000万円の借金
だが、世間は意外と甘かった。私に同情し、援助してくれると言う、珍しい人が現れた。『大学の教授』という肩書きの人。私が、じいちゃんの置き土産を返済すべく、夜の接客業に勤めた最初の日に知り合った。疲れていた私は、その人の前でつい、自分の置かれている状況を話してしまった。“アシナガオジサン”は、私と関係を持つかわりに、借金を肩代わりしてくれると言い出した。通常の精神状態だったらきっと怪しんだって思うけど、借金取りに追われ、生きる事に絶望を感じてボロボロだった私はそれを簡単に受け入れた。
カイトにばれたのは、それから、半年過ぎた頃だった。ワーキングホリデーでオーストラリアに行っていたカイトが帰国した直後。
「悪りぃ…ごめんな。」
カイトが泣いたのを覚えている。
「こんな事なら、お前、抱いときゃよかった」
そう…言ってたっけ。
小さな浴槽に入って、シャワーをひねった。冷えた身体にシャワーの温かさが伝わり心地よい。目を下へと向けると視界に入る身体中の無数の小さい痣。“アシナガオジサン”は私を抱く時、必ず跡を残した。この痣が今日も増えるかと思うと何となくウンザリした気分になる。
・・・夜の仕事、復活しようかな。
肩代わりしてもらった1000万円を返せば縁は切れる。ふと、そう考えた自分を笑った。
“アシナガオジサン”と私の関係。そこに愛なんて毛頭無い。あるのは、打算的なギブ&テイクだけ。
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