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「検診、どうでした?」
「うん、順調。
ツワリもだいぶ治まってきたし、もうそろそろ安定期ってとこだって」
「そうですか」
後ろから私を抱きしめる腕に、指を這わせると、ちゃぷ、と乳白色のお湯がいびつな波紋を広げる。
まとめた髪から落ちるひと束だけを揺蕩わせる湯船に、ふたりとも一度同時に昇りつめた身体をゆったりと休ませていた。
社長は、妻帯者。
こんな関係を、世の中は“不倫”と位置付ける。
けれど、不道徳な関係を何年間も続ける私達の間に、
……“愛”は存在しない。
私達の関係の始まりは、学生時代にさかのぼる。
同じ大学の同じ学部。
受ける講義が同じで、顔を合わせるうちに自然と話すようになった。
彼に、婚約者がいると聞いたのは、在学中のこと。
決められた将来についての話をしてくれた流れで、本人の口から語られた。
そして、その婚約者には、当時から相思相愛の恋人がいるということも――……。
「今日は、ゆっくりですね」
「ん。久しぶりだから、迎えは遅めに行くって言ってある」
「大丈夫、ですか?」
さっきと同じ質問に、私を抱きしめる腕が強くなった。
「すげー切ない。胸痛い」
「本当は会わせたくないんだって、ちゃんと伝えればいいじゃないですか」
「……うん……でも、約束、だしね」
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