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「まもなく、丸善商事の宮下専務がお見えになるの。
第二応接室にお通しするから、準備お願いしてもいい?」
集まる机を見渡すように配置された私の机。
こちらへ辿り着くまでの時間も惜しい私は、彼女の小走りの足音を聴きながら要件を伝えた。
「はい、了解しました」
机の前できちんと揃う細い脚と、お行儀のいい返事。
「あ、お茶は玉露で……」
「少しだけ濃い目に、ですよね?」
立ち上がりながら彼女を見ると、パールピンクのシュシュが揺れる。
全てを指示する前に、ゆる巻きのサイドテールを携えた眩い笑顔が、出来る子を表していた。
聴く人によれば、猫なで声が彼女の甘えるような性格を体現しているらしい。
要するに、同性の敵を作りやすいのだ。
けれど私は、この子の利発的で時に狡猾な頭脳に、秘書課の誰よりも一目置いている。
「さすがね、南ちゃん。仕事が早くて助かる」
「いえ、室長のご指導の賜物です」
「お世辞まで教えたつもりはないけど?」
彼女のころころとした笑顔に釣られて、冗談も言える笑いが引き出される。
「それじゃあ、私は下でお迎えに出るから、あとはよろしくね」
「はいっ、お疲れ様です」
彼女の他に座っていた三人も立ち上がる。
四つの声音で重なる「お疲れ様です」を背に受けながら、この会社で高嶺と呼ばれる秘書室を後にした。
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