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「あいつか……」
二日後。
仕事を終えてからの帰り道。
街灯もまばらで、それ故に薄暗い街道。そこでひとり、氷見は電信柱の影から、それを確認した。
女。
二十歳くらいだろうか? 白いワンピースを着ている、髪の長い女が、俯きぎみに歩いているのが見える。
「本当に……アイツなのか?」
独り呟く。そしてそれに答えるようにして、メールが到来する。
『アイツだ。アイツが……お前を不幸に追いやるんだ』
彼はその文面を確認し、ゴクリ、と喉を鳴らした。そして、意を決する。
気配を殺し、足音を殺し、そして、その少女の背後へと、忍び寄る。
※※
十年後の氷見京一が望んだのは、とある女を、拘束することだった。
『名前は、桐生夏目。その女が、平成25年11月28日、お前の人生をぶちこわしにする』
それ故に、その女を自由にのさばらせておいては危険なのだ。
『二日後の23時50分。A区A市の○○街道を、桐生夏目は通りかかる。そこを、お前が拘束し、自宅で28日が終わるまでの間、監禁しろ。それでお前は救われる』
※※
「私の名前は……桐生夏目、です」
「そうか……」
(やっぱり、間違いないのか……)
正直のところ、彼は半信半疑だった。しかし事実、その女は未来の自分が言った通りの時間、場所に、現われたのだ。
もう、疑いようがない。
氷見のアパートのテーブルに両足を縛り付けられ、そして涙をうっすらと浮かべている彼女を、氷見はうっすらとした視線で這わせる。彼女はブルブルと震えながら、「あの……」と、絞り出すかのようにして、口を開く。
「私を……どうする、つもり、なんですか……?」
氷見は、それには何も答えずに、ただ桐生の眼を見つめた。そしてそんな彼を、彼女もそれ以上はなにも言わずに、ただ見つめ返している。
(こいつ……肝の据わった女だな)
普通、夜道を男に襲われて、それで拉致監禁されてしまったら、もっと慌てふためいて、狂乱して、混乱して、取り乱してしまってもいいものではないか?
なのにこいつは、涙こそ流しているものの、暴れもせず、喚きもしない。だから、手足を縛るだけで、猿ぐつわを必要としていない。
「……ふっ」
彼は、なんだか可笑しくなった。
未来の自分は、こいつを28日が終わるまで、自宅に閉じ込めておけ、と指示しただけで、それ以上は要求してきていない。
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