『未来エミュレーション』

3/11
前へ
/11ページ
次へ
 その部屋はコンクリむき出しの一室だった。  デザイナーズマンションでもない、山間の古家を改築しただけの簡素なつくり。  しかし、超精密PCの集合体が山のように積まれている部屋は隣にあった。  国の政策で費用は出ていたが、作業スペース重視で生活感のある空間を作ろうとは思わない。  それが男が真の研究者たる証拠かもしれない。  男はもう一度未来メールを読もうとPCモニタの送信ボタンを押す。押すと言っても物理的な行動は一切しない。  やり方は簡単だ、頭で念じればいい。  先進時代においては『PCマウス』など過去の遺物。  脳内に埋め込まれたハイ・テクノロジーのCPUは人間の感情と連動しているのだ。  全世界の人間がIT技術を享受する為、生まれた時から小型のチップを頭に入れられている。  今や物理的にPC操作をするなんて、効率を考えて行われることは滅多に無い。好きな人間はマウスを使う、ただそれだけだった。    一世代前のプリンターから一枚の紙が排出された。 『2043年の2月12日18時。君は、嬉し涙を流している』  その文字を読んで、男はせせら笑った。  素晴らしい、なんという結果だと言わんばかりにデスクをバンバンと叩いた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加