四季を作る手

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急激な自己嫌悪に陥った。 ……私、人のこと言えないや。 何も聞かなかった。 何も伝えなかった。 願うばかりで自分は何もしなかったんだ。 私を睨む瑠璃を見た。 その奥に座る征さんを見た。 怯えるような目をする征さんは、きっと私に「頼っていい」と言ったことを悩んでいるのだろう。 二年ぶりに目にした姉。弱々しい姿。 好きで好きで、なかなか忘れられなかった人がそんな姿で目の前に現れて、動揺しないはずもない。 大きなクマさんみたいな征さんが、小さく見えた。 本当に気持ちって厄介だ。 みんな自分勝手で臆病で、そのくせ幸せになりたいと思ってる。 姉も征さんも私も、そして人一倍人の気持ちに敏感なカラスも。 自然に自嘲が漏れた。 全く、どいつもこいつも、本当にしょうもない。 でも、そんなしょうもない生き方や感情を変えていけるのは、自分だけ。 肩の力が抜ける。 自分のしたいことが見つかった。 自然の中に身を置いたときのような、晴れ晴れとした気持ちになった。 「お姉ちゃん、しばらくいるんでしょ?」 落ち着き、穏やかに変わった私の声に、睨み付けるような目をしていた姉から戦意が消えた。 次は何を言い出すのかと警戒している。 「お店、頼んでもいい?」 突然の依頼に姉の目が見開かれた。 それを見たら、クスリと笑いがこぼれた。 「断らせないけどね。 お父さん、お母さん、私、旅に出てくる」 「はあっ?何もこんな時に」 「こんな時だからだよ」 母の抗議に私は笑みを返した。 「お姉ちゃんのことは、みんなで話し合って解決してよ。 私、文句は言わない。お父さんたちが決めたことに従う。 旅は……そうだなあ、何日かかるか解んないけど、あんまりお金もないし、そこそこで帰るから」 立ち上がろうとする私を母が咎めた。 「どこ行く気なの?」 私はニヤリと笑って言う。 「山口」 母が呆れ、父が憮然とした。 「じゃ。支度するから」 襖を開け、和室出ようと背を向けると、母に呼び止められた。 「あんた、連絡先の一つも知らないんでしょ。 後で居間にメモ置いとくよ」 「お前ら俺の前で……」 父が一声唸り、納得行かないと言いたげに口を一文字に結ぶ。 身勝手な娘を二人も持った父の苦悩を思った。 「どうなるか解らないけど、決着つけたいの。 だから、行ってくる。 ごめんね、お父さん」 父は憮然としたまま茶を啜った。
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