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10時きっかりにカラスは再び現れた。
出直してもらったのは都合上致し方ないのだけれど、こんな片田舎じゃ朝早くからやっている喫茶店を見つけるのも難しい。
コンビニか二十四時間営業のファミリーレストランで時間を潰したのだろうと思うと、開店前でもここで待ってもらえば良かったと反省。
「いらっしゃいませ」
暖簾をかけながら相変わらず黒尽くめのカラスに向かって微笑むと、相手は動きを止めた。
「中へどうぞ。もう大半の菓子がでてますよ」
声を掛けると、カラスは今気付いたように口を開いた。
「あの……朝のお嬢さんですか?」
くああっ!!
だから「お嬢さん」やめて!!
心でそう悶えながらも、表には出さない。
あくまで清楚に振る舞う私。
「はい、そうですよ?」
カラスは私を食い入るように見つめた。
ああ、そうか。
私はクスクス笑いながらカラスに言う。
「掃除の時は普段着なんです。土ぼこりやなんかで汚れると困りますから」
箒を握っていたときの私は、ハイネックのシャツとパーカーにデニム姿、しかも素っぴんだった。
今は店での制服、和服姿だ。
化粧も施したし、肩より少し長い髪も結い上げてある。
和装をすれば立ち居振舞いも控えめになるので、同一人物と思われなかったのだろう。
「そうですよね。
ごめんなさい。見違えてしまって」
カラスは申し訳なさそうに言うと、店に向かって歩いてきた。
私は微笑して彼を店内へ案内する。
『馬子にも衣装とか思ってたら蹴ってやる』なんて心のうちでアカンベーしていたら、私の横でカラスはピタリと足を止め、私の顔を見た。
「馬子にも衣装なんて思ってませんよ。
すごく似合ってる。……綺麗で……驚きました」
えっ。
顔から微笑が消えたことくらい自分で解る。
顔に出てた?
そんなはずないのに。
それに……綺麗なんて。
お世辞なんか要らないのに。
カラスは前髪に隠れた目を細めた。
「お世辞じゃないんですけどね」
ピシリと固まってしまった私を見て少し口角を上げた彼は、重たそうなバッグを抱えたままショーケースに向かった。
途端にカラスから近寄りがたいような空気が醸し出される。
柔らかな光が窓の障子越しに降り注ぐ店内で、カラスの周りだけがピンと張り詰めているように思えた。
何、なんなの?恐いよ、この人……。
カラスに対する最初の感情は、警戒心だった。
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