四季を作る手

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長く一緒にいれば、確実とは言えなくても、ある程度見えてくるものがある。 いつからか、征さんが私に向ける視線が「恋人の妹を見る目」とは違う様相を呈してきたように感じていた。 ただ、征さんが私に対して行動を起こすことは、一生ないと思う。 「姉がダメだったから私」 そんな風に私や両親が捉えることと、事の起こりから顛末までを知っている面々に気を遣っているからだ。 征さんはいい人だ。 彼が心優しい人だということは、高校生の頃から知っている。 姉の瑠璃(るり)とは、征さんがここで働くようになってから数年のち恋仲になった。 各々がゆっくり温めてきた恋が成就したのだ。 看板娘の姉と、職人の征さん。 二人の交際を両親は両手を挙げて喜んだ。 打算的かもしれないが、ゆくゆくは店を任せても良いと思ったに違いない。 私が短大を卒業し、地元に就職して二年経った頃、事件は起こった。 結婚を目前に控えた二人の関係が、突然終わってしまったのだ。 瑠璃が征さんのではない子供を妊娠という形で。 『征さんは悪くない。私が悪いの』 瑠璃は畳に頭をすり付けて征さんに謝った。 何度も何度も『私が悪い』と言い続けながら。 当たり前だ、他の男の子供を宿すなんて、裏切り以外の何物でもない。 『征さん、ごめんなさい。 征さんを嫌いになったんじゃないの。 征さん以上に彼を好きになってしまったの』 涙を溜めた目で、でも征さんから目を反らすことなく、瑠璃は言い切った。 あの力強い眼差しを私は忘れることができない。 娘の不貞を嘆いた両親は瑠璃を勘当した。 商売をする上で必要なのは、身重の姉よりも職人の征さんだった。 結婚が決まっていた征さんは早々と家で同居していた。 瑠璃と破談になった際、当然彼は店を辞め、家を出ようとした。 しかし、両親が頭を下げて残ってくれるよう再三説得したため、征さんは店のために今もここにいる。 そうして二年の月日が流れた。 今や彼は一人前の職人だ。 彩華庵にとってかけがえのない人だ。 ただ私には、彼にとってこれが最良だったのかは解らない。 私は知っている。 征さんが、一心不乱に仕事に打ち込む一方で、深夜人知れず涙していたことを。 征さんのことは好きだ。 でも、男性としてではない。 私の中で彼は 七つ年上の兄かつ姉の元カレであり、 初恋相手かつ失恋相手。 ……もう、心をときめかせる対象ではなくなっているから。
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