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カラスは緊張の面持ちでじっと座っていた。
彼の前にある菓子皿から、菓子は姿を消していた。
茶碗の中の濃緑色も綺麗に飲み干されているのだろう。
そんなに長い時間ではなかったと思うが、手持ち無沙汰だったに違いない。
私が声を掛けるとはっと顔をあげる。
前髪がさらりと揺れて、僅かに不安を滲ませた瞳が隙間から見えた。
「お待たせしました。
父の手が空いたので、どうぞ上がってください」
会って話ができる、それだけでもカラスにとって大きな事柄だったのだろう。
彼の目から宿していた不安が消え、安堵と喜びの色に変わる。
「ありがとうございます」
立ち上がって深々と頭を下げる。
お礼を言われるようなことではないので、笑いながらカラスを促した。
「私は何もしてませんよ。
それより、怖じ気づかないでくださいね。
父の顔、おっかないんで」
顔をあげたカラスが苦笑する。
「大丈夫です。おっかない顔は散々見てきましたから」
何かを含む物言いをして、彼は鞄を肩に担いだ。
横顔に表れた寂しげな雰囲気に、これ以上踏み込んではいけない何かを感じて、私は客席の奥にあるドアを指した。
「あちらからです。案内しますね」
カラスはさっき店内でお茶を飲んだ。
父も居間でお茶を飲んでいた。
……さて、どうしたものか。
私はキッチンで湯呑みを目の前に思案した。
客間で話す二人にまたお茶?
唇を尖らせる私を見て母が吹き出した。
「こっちは私がやるからあなたは店番しなさいな。
誰もいないんじゃお客様が困るでしょ」
来客用の少し良いお茶っ葉が入った茶筒を母が掲げる。
「あの人、お菓子は食べたのよね。
お煎餅でも出そうかしら……」
棚を漁る母の手を止めて、私は慌てて店内に戻った。
練りきりは食べたけど、桜餅とかどら焼があるし。
きんつばはどうかしら。
木製の菓子器に練りきり以外の菓子を見映えよく盛り、急いでキッチンに戻る。
「……随分取ってきたわね」
唖然とする母に
「だって、すごく大事に大事に練りきり食べてくれたんだよ?
他のも味わってほしいじゃない」
と言い訳をする。
「商品なのに……」
ボソリと呟く声。
「はいはい、買いますよ。私が払います!」
「毎度あり」
母がニヤリと笑った。
家計を握る母には逆らえない。
「……随分肩入れしてんのね」
呟いた母の声は、財布を取りに背を向けた私には聞こえなかった。
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