180人が本棚に入れています
本棚に追加
どうなってるだろう……。
店の片隅に置いてある丸椅子に腰掛けて、ちらりと時計を見た。
お茶を出してからまだ10分も経っていない。
あの人、ちゃんと話せてるかな。
お父さん、ちゃんと聞いてあげてるかな……。
気になって仕方がない。
そわそわしながら、奥の様子を窺った。
店の入り口が開くことより、和室のふすまが開くことに神経を尖らせる。
いつ、ふすまは開くだろうか……耳は自宅の物音を拾うことに集中していた。
しばらくして、すーっと敷居を滑るふすまの音を耳にした私は、店舗と自宅を仕切る暖簾の向こう側に顔を突っ込んだ。
父の後ろ姿、その後を追ってカラスが和室から出てくる。
向かう先は……作業場だ!
気が逸る。
見てみたい。
カラスがその手で生み出すものを。
ひっきりなしにお客が来るような店ではないので、少しくらい外しても問題ないだろう。
一見さんなんかほとんど来ない。
声を掛けられればすぐ戻れるし……。
好奇心という誘惑に勝つことが出来ず、私はそっと草履を脱いで自宅へ上がり、こっそりと作業場を覗いた。
『釘付け』というのはこういうことなのだろう。
真っ黒な装いから一転、ピシリと糊の効いた眩しい白衣に身を包み、俯いたカラスが和帽子を被ろうとしていた。
どくん
顔をあげたカラスを見たとき、身動きが出来なくなった。
息をすることさえ忘れていたと思う。
心だけが半端なく騒いだ。
長めの前髪が和帽子の中に納められ、初めて露になったカラスの顔立ち。
ややつり目気味の鋭い眼差し、眩しさに一瞬だけ細められた目がやけに色っぽい。
可愛らしいクマさんみたいな征さんと比べれば、カラスは野性味溢れる黒豹のようだった。
目が、離せない。
父が赤や緑の色粉を混ぜた練りきりを作業台に並べ、餡を冷蔵庫から取り出す。
カラスは手を丁寧に洗い、作業台に戻ると、材料を前にして僅かな間目を閉じた。
ゆっくり開かれた目から感じられる、強烈なまでの力強さ。
私は息を飲んでその動向を見守った。
少量の赤と白の練りきりを合わせ、指で押し潰しながら捏ねる。
淡いピンク色になった練りきりにさらに白の練りきりを追加し、重ねて接合部分を指で均してから数度捏ねた。
それを、手のひらで押し潰すと、白からピンクへと美しいグラデーションを有する円形の生地が出来上がっていた。
この色……
私は若干の期待を込めて、形を成していく様子を凝視した。
最初のコメントを投稿しよう!