四季を作る手

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どうなってるだろう……。 店の片隅に置いてある丸椅子に腰掛けて、ちらりと時計を見た。 お茶を出してからまだ10分も経っていない。 あの人、ちゃんと話せてるかな。 お父さん、ちゃんと聞いてあげてるかな……。 気になって仕方がない。 そわそわしながら、奥の様子を窺った。 店の入り口が開くことより、和室のふすまが開くことに神経を尖らせる。 いつ、ふすまは開くだろうか……耳は自宅の物音を拾うことに集中していた。 しばらくして、すーっと敷居を滑るふすまの音を耳にした私は、店舗と自宅を仕切る暖簾の向こう側に顔を突っ込んだ。 父の後ろ姿、その後を追ってカラスが和室から出てくる。 向かう先は……作業場だ! 気が逸る。 見てみたい。 カラスがその手で生み出すものを。 ひっきりなしにお客が来るような店ではないので、少しくらい外しても問題ないだろう。 一見さんなんかほとんど来ない。 声を掛けられればすぐ戻れるし……。 好奇心という誘惑に勝つことが出来ず、私はそっと草履を脱いで自宅へ上がり、こっそりと作業場を覗いた。 『釘付け』というのはこういうことなのだろう。 真っ黒な装いから一転、ピシリと糊の効いた眩しい白衣に身を包み、俯いたカラスが和帽子を被ろうとしていた。 どくん 顔をあげたカラスを見たとき、身動きが出来なくなった。 息をすることさえ忘れていたと思う。 心だけが半端なく騒いだ。 長めの前髪が和帽子の中に納められ、初めて露になったカラスの顔立ち。 ややつり目気味の鋭い眼差し、眩しさに一瞬だけ細められた目がやけに色っぽい。 可愛らしいクマさんみたいな征さんと比べれば、カラスは野性味溢れる黒豹のようだった。 目が、離せない。 父が赤や緑の色粉を混ぜた練りきりを作業台に並べ、餡を冷蔵庫から取り出す。 カラスは手を丁寧に洗い、作業台に戻ると、材料を前にして僅かな間目を閉じた。 ゆっくり開かれた目から感じられる、強烈なまでの力強さ。 私は息を飲んでその動向を見守った。 少量の赤と白の練りきりを合わせ、指で押し潰しながら捏ねる。 淡いピンク色になった練りきりにさらに白の練りきりを追加し、重ねて接合部分を指で均してから数度捏ねた。 それを、手のひらで押し潰すと、白からピンクへと美しいグラデーションを有する円形の生地が出来上がっていた。 この色…… 私は若干の期待を込めて、形を成していく様子を凝視した。
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