四季を作る手

13/67
前へ
/67ページ
次へ
餡を包み、口を閉じて丸める。 優しく両手で挟んで、やや薄めの平たい形にすると、外形を整え始めた。 竹べらで先端が二つに割れるように刻みを入れ、最後に中央部分を凹ませてほんの少しだけ捩ったように見えた。 カラスが手のひらの上で最終確認をする。 そして、そっと作業台に置かれたのは……。 先端のピンク色から付け根に向けて白く変わっていく、桜の花びら一枚だった。 歪ませたことで両端が台から浮き、風に踊っている様子が表現されている。 店にある「白桜」と対照的な、「紅桜」がそこにあった。 グラデーションの色を見たとき、何故だか私の心には、数時間前に見たカラスの姿が浮かんでいた。 宙に手を伸ばし、一枚の花びらをそっと包んだ彼の微笑。 きっとあの時に感じたものを形にしたのだろう。 期待通りの、いや、期待以上の作品に、自然と口許が綻んだ。 私はほーっと息を吐き出した。 緊張から解き放たれ、息と共に安堵感が広がる。 大丈夫、彼なら大丈夫。 頬を緩めながら店に戻ろうと体の向きを変えると、そこに吾郎さんと征さんが立っていた。 彼らも弟子入り希望者の作品が気になったのだろう。 ……彼らが傍らにいたことに、ちっとも気が付かなかった。 「すごいね」 小声で言うと、吾郎さんが 「まあまあだな」 と答えた。 菓子に関しては頑固な吾郎さんから、肯定的な言葉が出たことに、更に顔が緩む。 まずいまずい。 こんなゆるゆるの顔では店に立てない。 私は大きく表情を変えて、二人の前を通って店に戻る。 今度は征さんの視線は追ってこなかった。 「ありがとうございました」 母が店の入り口で外に向かって頭を下げている。 げっ!!! お客さん来てた!!! 頭を上げた母がしばらく外を見つめた後、くるりと向きを変えて私を見た。 今の今までお客様に向けていた顔とはまるで別物であろう形相で。 「菫さん?あなたのお仕事なんだっけ?」 「……は、販売員でございます」 「どこへ行ってたのかなあ?」 「……作業場に、ちょっと……」 母はニタァっと笑う。 「今月から減給ね」 「えっ、ちょっと、それは酷くない?」 慌てて草履をつっかけると、母は私の横をすり抜けながら言った。 「あの人の分のお給料だったり、住むとこだったり準備が必要だから。 仕方ないわよね?」 はっとして母を振り返る。 母は小さく首を縦に振って、家に戻っていった。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

180人が本棚に入れています
本棚に追加