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餡を包み、口を閉じて丸める。
優しく両手で挟んで、やや薄めの平たい形にすると、外形を整え始めた。
竹べらで先端が二つに割れるように刻みを入れ、最後に中央部分を凹ませてほんの少しだけ捩ったように見えた。
カラスが手のひらの上で最終確認をする。
そして、そっと作業台に置かれたのは……。
先端のピンク色から付け根に向けて白く変わっていく、桜の花びら一枚だった。
歪ませたことで両端が台から浮き、風に踊っている様子が表現されている。
店にある「白桜」と対照的な、「紅桜」がそこにあった。
グラデーションの色を見たとき、何故だか私の心には、数時間前に見たカラスの姿が浮かんでいた。
宙に手を伸ばし、一枚の花びらをそっと包んだ彼の微笑。
きっとあの時に感じたものを形にしたのだろう。
期待通りの、いや、期待以上の作品に、自然と口許が綻んだ。
私はほーっと息を吐き出した。
緊張から解き放たれ、息と共に安堵感が広がる。
大丈夫、彼なら大丈夫。
頬を緩めながら店に戻ろうと体の向きを変えると、そこに吾郎さんと征さんが立っていた。
彼らも弟子入り希望者の作品が気になったのだろう。
……彼らが傍らにいたことに、ちっとも気が付かなかった。
「すごいね」
小声で言うと、吾郎さんが
「まあまあだな」
と答えた。
菓子に関しては頑固な吾郎さんから、肯定的な言葉が出たことに、更に顔が緩む。
まずいまずい。
こんなゆるゆるの顔では店に立てない。
私は大きく表情を変えて、二人の前を通って店に戻る。
今度は征さんの視線は追ってこなかった。
「ありがとうございました」
母が店の入り口で外に向かって頭を下げている。
げっ!!!
お客さん来てた!!!
頭を上げた母がしばらく外を見つめた後、くるりと向きを変えて私を見た。
今の今までお客様に向けていた顔とはまるで別物であろう形相で。
「菫さん?あなたのお仕事なんだっけ?」
「……は、販売員でございます」
「どこへ行ってたのかなあ?」
「……作業場に、ちょっと……」
母はニタァっと笑う。
「今月から減給ね」
「えっ、ちょっと、それは酷くない?」
慌てて草履をつっかけると、母は私の横をすり抜けながら言った。
「あの人の分のお給料だったり、住むとこだったり準備が必要だから。
仕方ないわよね?」
はっとして母を振り返る。
母は小さく首を縦に振って、家に戻っていった。
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