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「なんかムカつく」
綾がざっくりとケーキを掬って頬張る。
その様子に笑いながらコーヒーを啜った。
「綾がムカついてどうすんのよ」
博子がつっこむ。
私と同じことを思ったようだ。
「だってさあ、菫に対して酷い仕打ちだと思わない?
妊娠は菫と別れた後に解ったとは言ってたけど、実際どうだか解んないじゃん」
事実、二股をかけられていたのだから酷い仕打ちだ。
でも、彼が彼女の妊娠を知ろうが知るまいが、同じ結果になっていただろう。
捨てられたのは私。いただけない話だ。
「狙ってたのかな、その女」
博子が根性の悪いことを言う。
「どうでも良いよ。終わったことだし」
さらりと交わす私に、博子が不思議そうな顔をした。
「随分あっさりしてるじゃん。
夜な夜な電話してきて泣き言言ってたくせに」
「何々、新しい恋かあ?」
綾も悪のりしてくる。
「そんなんじゃないけど。私、お店最優先だから。
どのみち振られる結果だったよ、多分」
「……お店か」
綾が呟き、博子が口ごもる。
彩華庵……父が築いた城。
姉が勘当されたことで、私に降りかかってきた重圧。
継がなければならないと言われているわけではない。
それでも、時代の波と両親が年を重ねることによってあの小さな城が立ち消えてしまうことを、私は怖いと感じている。
和菓子が好きだからこそ、尚更に。
「転勤族は無理だよ。
克之が転勤族じゃなかったとしても、店を守りたいって気持ち、理解してもらえなかったし。
縁がなかったのよ」
だけど、好きだった。
それは本心。
「何も保育士を辞めなくても良かったんじゃない?
おばさん居るんだし、自分の仕事が休みの日に手伝う程度でも」
確かにそうだけど、心血を注ぐ父の作品をさらっと眺めて、適当に売るのは気が引けた。
それに。
姉が看板娘として立っていた店に浅はかな知識で立つことを、私のプライドが許さない。
いつも頂点にいたのは姉。
店も、征さんの心も、両親の期待も全部持っていったのは姉。
別の道で、と保育士の資格を取って働き始めたのに、たった2年でそれも手放す羽目になった。
辞める決意をしたのは私だけど、辞めなければならない状況を作ったのはやっぱりあの人で。
子供じみた嫉妬心と言われればぐうの音もでないが、私は全部に恵まれながら勝手に全部手放して、沢山の人の心に引っ掻き傷を作った姉が嫌いだ。
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