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悶々としながら店内で過ごした。
もうすぐ正午、午前中の来客はゼロ。
常連の畑中さんも野点会場で腕を振るっているから、顔を覗かせる訳もなく。
今日は本当に時間が経たない。
あああ、もやもやする。
『彼女?』『そんなんじゃないですけど……』
ぐるぐる回る、会話。
気分を変えたくて、店の外に出てみた。
今日は空が青く澄みきって、いつもより高い。
気持ちの良い空気。
一杯に吸い込んで、大きく吐き出す。
こんなもやもやは、一緒に吐き出しちゃえば良いのよ。
そもそも気にすることでもないんだし?
胸の内で一人ごちながら、もう一度深く吸い込む。
「悩みごとですか?」
唐突に声がして、思わず息を止めた。
白衣に和帽子を被ったままの姿で、カラスが店の脇に立っていた。
肺が一杯になるほど吸っていた空気が行き場を失って、途端に息苦しくなる。
「うっ」
変な呻きをあげ、ふはーっと吐き出すと、カラスは慌てて駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん、深呼吸してただけ」
なんか、むずむずする。
「どしたの?外に出てくるなんて珍しいね」
もやもやからむずむずに変わったことに、このときの私はまだ気付けなくて。
「ああ、作業場の窓から、菫さんがいるのが見えたので」
和帽子に手をかけて頭から取り払うと、前髪がパラパラと額に落ちてくる。
頭を横に振って体裁を整えるカラスに問いかけた。
「なんでそんな前髪伸ばしてるの?
仕事にも運転にも邪魔じゃない?」
「ああ……俺、自分の目が嫌いなんですよ」
カラスが目を細めたのが前髪の隙間から見えた。
「つり目だから、印象悪いでしょ」
自嘲気味に口の端をあげるカラスは遠くを見ていて。
そんな様子に、極自然に言葉が溢れた。
「そう?伸ばしてる方がうざったくて陰湿そうに見えるよ。
それに私は好きよ。力強いし、正直なの解るし」
クスリと笑ってカラスを見た。
カラスが驚いた表情を私に向ける。
……私、今、何て言った?
ボボボボっと、石油ファンヒーターが点火する時のような勢いで体が熱くなる。
自分が発した言葉に驚いて、視線が絡んでいるこの状況に耐えられなくなった。
「さ、さあ、もうすぐお昼御飯じゃない?
今日は何かなーっ」
給食を心待ちにする小学生みたいな台詞。
もっとマシなこと言えないのか、私は!!
微動だにしないカラスを置き去りにして、私は店内に逃げ込んだ。
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