四季を作る手

22/67
前へ
/67ページ
次へ
帰ってきた父と征さん、吾郎さんとカラスが昼食を摂る間、私は店内で午前中とは違うもやもやに包まれていた。 私が好きなのは優しい目なの。 つり目とか論外なんだけど。 あの状況だとああ言うしかないじゃんね? うっかり『好きよ』なんて言ってしまった自分に言い訳をし続ける。 あああ、もやもやするっ!!! 「店で百面相してるんじゃないわよ」 耳元でぼそりと響く母の声。 いつの間にか母が私の顔を覗き込んで立っていた。 ぎょっとして上半身が反ってしまった。 「驚かさないでよっ」 「何度も呼んだわよ」 母は納得いかないとでも言いたげな顔で私を見た。 「ああ、ごめんなさい。で、なあに?」 「お昼御飯。みんな食べちゃったから交代しよ」 「うん、ありがと」 私が踵を返そうとした時だった。 カラカラカラカラ…… 店のガラス戸が開いた。 「いらっしゃいませ」 私と母は、瞬時に表情と声色を切り替える。 やって来たのは、成人したばかりくらいの若い女の子だった。 肩よりやや長い黒髪。 明るい色使いの幾何学模様のブラウスに、白いショートパンツ。 健康的で弾けそうな、でも柔らかい雰囲気を纏った可愛らしい女性。 「こんにちは」 やや高めの、アニメキャラクターのような声が店内に響く。 野点でお菓子に興味を持ってくれた人だろうか。 そうでなければ、和菓子屋に立ち寄ることなど無さそうな感じに見えた。 彼女は申し訳なさそうに言葉を発した。 「あの、お昼時にごめんなさい。 私、飯島と言います。 こちらに烏田正樹さん、いらっしゃいますか?」 出てきた名前に小さく心臓が音を立てる。 ……カラスが言っていたのはこの人のことなんだ。 「はい。今、お呼びしますねぇ」 母がにっこりと微笑んで奥に引っ込んだ。 私は……全く動けなかった。 女性はショーケースに並ぶ生菓子を眺めて「わあ」と声をあげた。 いつもならお菓子の説明もすらすら出てくるのに、一言も思い浮かばない。 客席奥のドアが開いて、カラスが慌てて出てきた。 「桜ちゃん!早いね。もう着いたんだ」 女性はカラスの姿を認めると、一気に破顔した。 「まーくん、久し振り!!」 カラスも優しげに目を細めて女性を見ている。 ……ああ、そういうことか。 目の前で繰り広げられる喜びの再会シーンを虚ろに目に写しながら、私は立ち尽くすしかできなかった。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

179人が本棚に入れています
本棚に追加