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帰ってきた父と征さん、吾郎さんとカラスが昼食を摂る間、私は店内で午前中とは違うもやもやに包まれていた。
私が好きなのは優しい目なの。
つり目とか論外なんだけど。
あの状況だとああ言うしかないじゃんね?
うっかり『好きよ』なんて言ってしまった自分に言い訳をし続ける。
あああ、もやもやするっ!!!
「店で百面相してるんじゃないわよ」
耳元でぼそりと響く母の声。
いつの間にか母が私の顔を覗き込んで立っていた。
ぎょっとして上半身が反ってしまった。
「驚かさないでよっ」
「何度も呼んだわよ」
母は納得いかないとでも言いたげな顔で私を見た。
「ああ、ごめんなさい。で、なあに?」
「お昼御飯。みんな食べちゃったから交代しよ」
「うん、ありがと」
私が踵を返そうとした時だった。
カラカラカラカラ……
店のガラス戸が開いた。
「いらっしゃいませ」
私と母は、瞬時に表情と声色を切り替える。
やって来たのは、成人したばかりくらいの若い女の子だった。
肩よりやや長い黒髪。
明るい色使いの幾何学模様のブラウスに、白いショートパンツ。
健康的で弾けそうな、でも柔らかい雰囲気を纏った可愛らしい女性。
「こんにちは」
やや高めの、アニメキャラクターのような声が店内に響く。
野点でお菓子に興味を持ってくれた人だろうか。
そうでなければ、和菓子屋に立ち寄ることなど無さそうな感じに見えた。
彼女は申し訳なさそうに言葉を発した。
「あの、お昼時にごめんなさい。
私、飯島と言います。
こちらに烏田正樹さん、いらっしゃいますか?」
出てきた名前に小さく心臓が音を立てる。
……カラスが言っていたのはこの人のことなんだ。
「はい。今、お呼びしますねぇ」
母がにっこりと微笑んで奥に引っ込んだ。
私は……全く動けなかった。
女性はショーケースに並ぶ生菓子を眺めて「わあ」と声をあげた。
いつもならお菓子の説明もすらすら出てくるのに、一言も思い浮かばない。
客席奥のドアが開いて、カラスが慌てて出てきた。
「桜ちゃん!早いね。もう着いたんだ」
女性はカラスの姿を認めると、一気に破顔した。
「まーくん、久し振り!!」
カラスも優しげに目を細めて女性を見ている。
……ああ、そういうことか。
目の前で繰り広げられる喜びの再会シーンを虚ろに目に写しながら、私は立ち尽くすしかできなかった。
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