四季を作る手

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時計を見ると、8時半を回っていた。 私の楽しみの時間もリミットが来てしまった。 そっと作業場を離れ、店内を清掃する。 ショーケースのガラスを磨き、今日のお品書きを筆ペンで小さな紙に書いた。 日によって、季節によって作られる菓子が違う。 作業場で形作られる菓子を見れば名前が即座に浮かぶようになっただけでも、この家に住む者としてなんとなく誇らしい気分になる。 店内を拭きあげると、今度は外に出る。 掃き掃除をしなければならない。 春は散るものが桜の花びらのみだが、秋にもなれば桜の葉やら銀杏の葉、紅葉などが店先に積もる。 今朝は天気がいい。 柔らかい日差しが青い空からこぼれてくる。 日中はぽかぽかと暖かくなるだろう。 見上げた空から視線を地上に戻したとき、店から少し離れたところに黒尽くめの出で立ちをした男性が立っているのに気がついた。 こんな爽やかな春の朝に、カラスのように真っ黒な装い。 ……不審すぎる……。 黒いシャツに黒のブルゾン、ブラックデニム。 肩には蛍光オレンジがラインを描く、黒のバッグパック。 何かされたときのために特徴を押さえていく。 凝視はできないから、掃き掃除をしながらチラ見。 ……この不審さ、あの人に負けてないかも……。 いやいや、私にはこの店と自分を守る義務が…… 「あの、ここは彩華庵(さいかあん)さんで間違いないですか?」 はうっ?! いつの間に!!!! 視線を地面から戻すと、黒尽くめの男性が私から一メートルのところまで来ていた。 「え、あ、はい……」 キョドった!!! 私、今キョドった!!!! なんで私が挙動不審になるのよ、堂々としてなさいよ!!! 箒の柄をぎゅっと握って、相手を見据えた。 長めの前髪が目元を隠している。 やや浅黒い肌、鼻はそんなに大きくない。 なんかもう色々黒すぎて……もうカラスでいいよね? 「ご主人に、保科 寛二(ほしな かんじ)さんにお会いしたいんですが……」 緊張感を窺わせるカラスの声に、逆に私は少し安堵した。 店と父の名前を知っている。 ちゃんとした目的でなければ訪ねてくることはないだろう。 こんな田舎じゃ地あげもないだろうし、借金取りはこんなでかい鞄抱えてないだろうし。 努めて冷静に答えた。 「父は今、作製に専念していますので、会うのは難しいかと……」 カラスは精悍な眼差しで私をじっと見た。
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