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「こちらのお嬢さんですか?」
お、お嬢さん?!
カラスの口から放たれた言われ慣れない言葉に、目を白黒させてしまう。
そうだけど。
間違ってないけど。
「ご家族の方ですか?」くらいで表現していただきたかった……。
「は、はぁ」
「そうですか、ちょうど良かった。
僕は烏田 正樹(からすだ まさき)と言います。
保科寛二さんに弟子入りしたくてこちらに伺いました。
お取り継ぎをお願いできないでしょうか。
いくらでも待ちますので」
名前までカラス!!!!!
この黒尽くめは狙っているの?!
吹き出しそうになるのを必死で堪える。
「……烏田さんですね。
それは構いませんけれど、父の手が空くのは昼近くなってからですので、それまでは……」
「こちらの開店は何時ですか?」
カラスは、前髪の奥からちらりと覗くこれまた真っ黒い瞳で、私を真っ直ぐ見て聞いてきた。
「じゅ、10時です……」
「でしたら開店したらお邪魔させていただいていいですか?
保科さんの菓子を見たいんです」
真剣な眼差しに圧倒されて、言葉が紡げなかった。
カラスの口調が変わる。
「ご迷惑ですか?」
「あ、いえ、構いませんよ。
ぜひご覧になってください。
父の手が空くまで時間がありますし、お召し上がりになってみてはいかがですか?お茶を点てますよ」
慌てて言うと、カラスは嬉しそうに表情を緩めた。
「ありがとうございます」
腕時計を見て時間を確かめると、カラスはもう一度私に目を向けて「10時に伺います」と言い残し、踵を返した。
真っ黒の背中が遠ざかる。
少し先にある大きな桜の木は満開で、一つ一つは小さいのに、その集合体はこんもりと柔らかく丸くて、無数の真っ白い手鞠のように見えた。
カラスがその桜を見上げた。
桜の白とカラスの黒が、くっきりと色を二分する。
吹き抜ける風に煽られた花びらが、黒を白に浄化するようにカラスを包む。
彼が手を伸ばした。
ヒラヒラと舞う花びらを一枚、捕まえたようだ。
そっと手のひらを見つめるカラスを、私は身じろぎもせずに見つめた。
手の中を見つめる横顔がなんとなく微笑んでいるようで。
その光景がぐっと胸を刺す。
少しの間、音が消えた。
……それが、カラス、烏田正樹との出会いだった。
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