四季を作る手

4/67
前へ
/67ページ
次へ
「こちらのお嬢さんですか?」 お、お嬢さん?! カラスの口から放たれた言われ慣れない言葉に、目を白黒させてしまう。 そうだけど。 間違ってないけど。 「ご家族の方ですか?」くらいで表現していただきたかった……。 「は、はぁ」 「そうですか、ちょうど良かった。 僕は烏田 正樹(からすだ まさき)と言います。 保科寛二さんに弟子入りしたくてこちらに伺いました。 お取り継ぎをお願いできないでしょうか。 いくらでも待ちますので」 名前までカラス!!!!! この黒尽くめは狙っているの?! 吹き出しそうになるのを必死で堪える。 「……烏田さんですね。 それは構いませんけれど、父の手が空くのは昼近くなってからですので、それまでは……」 「こちらの開店は何時ですか?」 カラスは、前髪の奥からちらりと覗くこれまた真っ黒い瞳で、私を真っ直ぐ見て聞いてきた。 「じゅ、10時です……」 「でしたら開店したらお邪魔させていただいていいですか? 保科さんの菓子を見たいんです」 真剣な眼差しに圧倒されて、言葉が紡げなかった。 カラスの口調が変わる。 「ご迷惑ですか?」 「あ、いえ、構いませんよ。 ぜひご覧になってください。 父の手が空くまで時間がありますし、お召し上がりになってみてはいかがですか?お茶を点てますよ」 慌てて言うと、カラスは嬉しそうに表情を緩めた。 「ありがとうございます」 腕時計を見て時間を確かめると、カラスはもう一度私に目を向けて「10時に伺います」と言い残し、踵を返した。 真っ黒の背中が遠ざかる。 少し先にある大きな桜の木は満開で、一つ一つは小さいのに、その集合体はこんもりと柔らかく丸くて、無数の真っ白い手鞠のように見えた。 カラスがその桜を見上げた。 桜の白とカラスの黒が、くっきりと色を二分する。 吹き抜ける風に煽られた花びらが、黒を白に浄化するようにカラスを包む。 彼が手を伸ばした。 ヒラヒラと舞う花びらを一枚、捕まえたようだ。 そっと手のひらを見つめるカラスを、私は身じろぎもせずに見つめた。 手の中を見つめる横顔がなんとなく微笑んでいるようで。 その光景がぐっと胸を刺す。 少しの間、音が消えた。 ……それが、カラス、烏田正樹との出会いだった。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

180人が本棚に入れています
本棚に追加