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カラカラカラカラ
入り口が開いて、暖簾を潜りながら常連の畑中さんがやって来た。
畑中さんはお茶の先生で、うちの菓子を贔屓して下さる大切なお客様だ。
「おはよう、菫(すみれ)ちゃん。
もう揃ってるかしら?」
畑中さんは毎朝一番にこの店を訪ねて来られる。
が、飲食スペースに座っているカラスに気付いて、ふっと微笑まれた。
「あら、今日は出遅れちゃったわ」
気品を失わない、チャーミングな笑顔。
お婆ちゃんの年齢なのに、いつまでも若々しい畑中さんは、私の目標でもある。
「今日は『菜の華』が出ましたよ」
「まあ、もうそんな季節なのねえ」
畑中さんはしみじみと呟くと、桜餅と菜の華、干菓子を注文された。
指定された品を丁寧に取りだし、小さな箱に詰める。
慣れた作業だけれど、父の作品を傷つけないように細心の注意を払った。
その様子を眺めながら、畑中さんが話を切り出してきた。
「そうそう、ゴールデンウィークのお祭りの野点、今年もやるんだけど、お父様にまたお願いできるかしら?」
毎年この地域では、ゴールデンウィークに交流イベントがある。
地元の青年会議所と畑中さんが主となって催される野点は、気軽にお茶を楽しめるとあってなかなかの人気だ。
「いつもありがとうございます。
数は去年と同じでよろしいですか?」
「そうね、去年は最後足りなくなったけれど、あれぐらいでいいと思うわ。
菓子の内容は寛二さんにお任せします」
「練りきり(生和菓子)がよろしいですか?
それとも干菓子が良いですかね?
去年は確か、足りなくなった分だけ干菓子にしたと思うんですけど」
畑中さんは思案顔になる。
「ここのお菓子を楽しみにしてる人もいるから、出来るだけ練りきりが良いけれど、天候にも寄るわね。
雨だったら中止も考えられるし。
とりあえず、お父様には発注があることをお伝え願えるかしら?
各所と話を詰めてから改めて詳細をご連絡差し上げるわ」
天候が見込めない場合、練り切りを大量に作ることは得策ではない。
イベントが中止になると、日持ちのする干菓子ならまだしも、練りきりは消費しきれない可能性が高いからだ。
「畏まりました」
「宜しくね」
会計を終えた畑中さんは、包んだ菓子の紙袋を大事に提げて、「またね」と店を後にした。
店先まで出て、深く頭を下げお見送りする。
畑中さんの姿が遠ざかったのを確認してから店内に戻った。
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