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そろそろ父の手が空いた頃かもしれない。
私はカラスに少し外すことを伝え、奥の自宅へと上がった。
一仕事終えた父は、職人たちとお茶を啜っていた。
「お父さん、お客さんなんだけど」
父は湯呑みを手にしたまま、ちらりとこちらを見た。
「接客はお前の仕事だろう」
「そうじゃなくて。
お父さんに弟子入りしたいっていう人が来てるの」
俄に職人たちが引き締まった。
うちには二人の職人がいる。
父とさほど年の変わらない吾郎(ごろう)さん。
とっても優しいのに、菓子に関しては頑固な気質で、昔は父と言い争いをすることもしばしばだったが、最近は年を取ったせいか丸くなったように思う。
数年前に奥さんを亡くして、今では寝食を共にする、二人目のお父さんみたいな存在だ。
もう一人は私より七つ年上の征太(せいた)さん。
みんな征さんと呼んでいる。
征さんはクマさんのような感じ。
どっしりとした体躯、くりくりした瞳の愛嬌のある顔立ち。
……彼は二年前まで姉の恋人だった。
「弟子ねえ」
呟いてまた茶を啜る。
「今、お店でお茶飲んでもらってる。
話だけでも聞いてあげてよ。遠くから来てるみたいだし」
「これ以上人が増えるのはねえ……」
話を聞いていたのか、眉を潜めた母が横槍を入れてきた。
確かに弟子をとると言うことは、その分多少なりお給金を捻出しなければならない。
母が頭を悩ますのも解るが、顔も見ず、話も聞かずカラスを追い返すなんてあんまりだ。
「さっき畑中さんがいらしたの。
ゴールデンウィークの野点の菓子、今年も頼みたいって。
量が多いから、使える人なら手伝ってもらったらどう?」
父は動く気配も見せず、湯呑みを傾ける。
「あの人、お父さんの菓子、食い入るように見てた。
本気だと思うの、だから話だけでも……」
何故だか私は必死に両親を説得していた。
あんなに菓子を眺め、大事に食していたカラス。
腕前を見てあげるチャンスがあってもいいはずだ。
懇願する私をじっと見ていた吾郎さんが父を促した。
「寛ちゃん、聞いてやれや。
大事な人材になるかもしれんだろ」
吾郎さんの言葉に大きく息を吐いて、父は重い腰を上げた。
母が呆れた笑みで肩を竦めた。
「……上がってもらいなさい」
「ありがとう!」
両親に礼を言い、店内へと踵を返す。
……征さんが複雑な視線を送ってきたことに気づかない振りをして。
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