四季を作る手

9/67
前へ
/67ページ
次へ
そろそろ父の手が空いた頃かもしれない。 私はカラスに少し外すことを伝え、奥の自宅へと上がった。 一仕事終えた父は、職人たちとお茶を啜っていた。 「お父さん、お客さんなんだけど」 父は湯呑みを手にしたまま、ちらりとこちらを見た。 「接客はお前の仕事だろう」 「そうじゃなくて。 お父さんに弟子入りしたいっていう人が来てるの」 俄に職人たちが引き締まった。 うちには二人の職人がいる。 父とさほど年の変わらない吾郎(ごろう)さん。 とっても優しいのに、菓子に関しては頑固な気質で、昔は父と言い争いをすることもしばしばだったが、最近は年を取ったせいか丸くなったように思う。 数年前に奥さんを亡くして、今では寝食を共にする、二人目のお父さんみたいな存在だ。 もう一人は私より七つ年上の征太(せいた)さん。 みんな征さんと呼んでいる。 征さんはクマさんのような感じ。 どっしりとした体躯、くりくりした瞳の愛嬌のある顔立ち。 ……彼は二年前まで姉の恋人だった。 「弟子ねえ」 呟いてまた茶を啜る。 「今、お店でお茶飲んでもらってる。 話だけでも聞いてあげてよ。遠くから来てるみたいだし」 「これ以上人が増えるのはねえ……」 話を聞いていたのか、眉を潜めた母が横槍を入れてきた。 確かに弟子をとると言うことは、その分多少なりお給金を捻出しなければならない。 母が頭を悩ますのも解るが、顔も見ず、話も聞かずカラスを追い返すなんてあんまりだ。 「さっき畑中さんがいらしたの。 ゴールデンウィークの野点の菓子、今年も頼みたいって。 量が多いから、使える人なら手伝ってもらったらどう?」 父は動く気配も見せず、湯呑みを傾ける。 「あの人、お父さんの菓子、食い入るように見てた。 本気だと思うの、だから話だけでも……」 何故だか私は必死に両親を説得していた。 あんなに菓子を眺め、大事に食していたカラス。 腕前を見てあげるチャンスがあってもいいはずだ。 懇願する私をじっと見ていた吾郎さんが父を促した。 「寛ちゃん、聞いてやれや。 大事な人材になるかもしれんだろ」 吾郎さんの言葉に大きく息を吐いて、父は重い腰を上げた。 母が呆れた笑みで肩を竦めた。 「……上がってもらいなさい」 「ありがとう!」 両親に礼を言い、店内へと踵を返す。 ……征さんが複雑な視線を送ってきたことに気づかない振りをして。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

180人が本棚に入れています
本棚に追加