四季を作る手

67/67
前へ
/67ページ
次へ
「菫ちゃん」 征さんが、ニコニコしながらあいを抱っこして立っている。 「ん?何?」 征さんに問い掛けると、彼はニコニコしたまま、視線を店の前に移した。 私もついて顔をそちらに向けた。 満開の桜の下、ダークスーツに身を包んだ男性が立っている。 ざーっと風が吹き抜けた。 風に煽られた花びらが、くっきりと色を二分する。 忘れられない、光景。 ドキドキと高鳴る、胸。 手を伸ばして花びらを一枚捕まえた彼が、笑みを称えて近付いてくる。 「お待たせ」 彼はそう言って、花びらを私の手に乗せた。 「……うん。待った」 涙に声が震えた。 クスリと笑って、カラスが私を抱き締める。 回されたその腕の強さと暖かさを、私は一生忘れることはないだろう。 彼が征さんに頭を下げた。 征さんも満面の笑みで返す。 「虫がつかないように見といたからな」 征さんがカラスに言う。 抱っこされたあいが「むし?」と征さんに聞いた。 「そう。虫。 お花には虫が集まるからね。 さあ、パパとお絵描きの続きしよう」 「しようしよう!!」 二人が店の裏に消えるのを見送ってから、軽く彼を睨んだ。 「来るって言ってくれたら良かったのに。 こんな格好……」 タートルネックのシャツ、パーカーにデニム、そして素っぴん。 箒を持っていれば、一年前そのまんまだ。 「驚かせたかったから」 つり目が悪戯っぽく輝く。 「で。覚悟は決めてもらってる?」 「……多分」 ははっと声に出して笑い、カラスは店の玄関を見た。 「一筋縄ではいかないか」 呟いて、私に一つキスを落とした。 「行こうか」 カラスの穏やかな笑みが、自信に溢れている。 私たちは連れ立って家に向かって歩き始めた。 きっと、みんな喜んでくれるはず。 博子と綾と離れるのは寂しいけれど、彼女たちも祝福してくれるだろう。 お伽噺のように順風満帆でもなく。 映画やドラマのように格好よくもない。 だけど、きっと彼となら 『いつまでも幸せに暮らしました』 そうなれると思うのだ。 彼の手を握った。 彼は強く私の手を握り返し、指を絡めた。 細くて、長い指。 繊細な動きで四季を作り出すカラスの手。 それはきっと、 これからも私の、いや、二人の幸せも作ってくれる。                End
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

185人が本棚に入れています
本棚に追加