君を追い掛けて

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瞬時に私は手を伸ばす、だが届く訳も無く目の前から彼は消えてしまう。操縦士の彼女は放心し、ぎこちのない動きで海都を視た後に気が動転していたあまり潜水船を滅茶苦茶に動かし出した。 一変した状況、そして妙な喪失感に苛まれて涼夏は少年の居た位置を暫く呆然と見つめる。軈て揺れていた船内に気付き、徐々に不安が叫びとなって溢れ出す。 こんな所で死にたくない、そんな生に対する柵(しがらみ)が幾つも束になって重く心にのし掛かる。狂い気を帯びた悲鳴と共に、終には潜水船は谷底へと傾く。 「響……」 ――声に出しているのかさえ分からない、小さくそう言葉を漏らしてふと周りを見渡す。何だか明るい、まるで電灯がある様だ。 耳を澄ますも、無音へと静まり返っている為に状況さえも把握出来ない。不安に駈られながら、恐る恐る立ち上がる。 「此所は何処、皆は?」 (っ……) 完全に迷子だ、こんな所で目印さえも当然無い海底にまさか一人で残される形になるなんて思わなかった。 嫌な予感がする、早く合流した方が良さそうだ。けれど海都や操縦士、其れに響が生きている確証は無い。 捜索するだけ時間の無駄なのでは、と思いながらも恐怖からか自然と足が進んで行く。自らは何処を目指し、向かっているのだろう。 とりあえず歩き続け、暫し無言のままにひたすら彼等と合流出来る事を願う他無かった。 今になり気付いたが、もしや此所は死の世界なのかとも考えたが。妙に感覚のある神経や脈打つ心臓の音は、現実味があって何だか疑い難い。 パチャンッ 滴る雫の音が、明るい海中の何処かから聞こえた。雨にしては、あまりにも有り得ない。しかし目印になるかも知れないと、涼夏は意気込んで駆け出す。 「あれは……」 「ついに、海底の民は救われる。私の眼に狂いは無い、もう直ぐ祝祭日が訪れれば……」 先程の少女が、周りの海中を指で弾きながら笑っている。やはり容姿端麗な彼女からは、不思議な雰囲気を感じた。思わず意を決し、肩を軽く叩く。 矢先、涼夏の足元に一矢が放たれる。直前に回避するも心臓の鼓動は、激しくドクドクと脈打って安定しない。 いつになく、不安が押し寄せるあまりその場を一歩下がるも彼女は此方の存在に気が付いていた。 白銀の髪が靡くなり踵を返して、振り返った少女はベールを外してじっと私を凝視する。軈てニヤリと不敵な笑みの後に眼を細め、真上に視線を凝らす。
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