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しかし、水は冷たくもなく況してや触れた感覚すらも無かった為に涼夏は訝しげに顔をしかめ。操縦士の表情を視やり、途端に安堵の息を吐く。テレビでもし説明を聞いていなかったのなら、恐らくは取り乱していたに違いない。
音と光による演出が、見事な迄に波や海水を表現していた。窓の外を眺め、潜水船が漸く海中にと沈み出す瞬間に私は歓声を漏らす。
「わぁ、綺麗!」
「ん?本当だ、あれ……」
響も興味津々に窓を覗く、だがこの後に起こる遭遇を私達はまだ知るよしも無い。其れは始まりか、終わりを告げるのかすらも誰も知らないのだから。
――間も無くして、海底迄着いた途端に辺りから波の演出が消える。光で照らされ映し出されて行くのは、神秘の生命達の光景。
よく図鑑何かで見る、深海魚が地のすれすれを泳ぐ姿は実に奇妙さを思わす。怪しげに発光した海月はあまりにも大きく、少し狼狽えてしまう。
窓に映る魚は様々な色や形をしていて、海辺の側まで来たとされるかの有名なリュウグウノツカイさえもが私達を出迎えている。
骨格を剥き出しにし、目玉が上部に付いていた魚はまだ見た事さえも無い。だが此は確りと生きている、れっきとした深海魚なのだから不思議だ。
『では、次は更に潜って行き…あらっ…?』
「嘘だろ、何でこんな所に……」
響が呟く声は、海底に差す光によって躊躇される。涼夏はただただその光景に驚愕し、彼女を含む全員が目前に居た存在に対し息を飲む。
胸元に輝く赤の石、髪飾りにと装飾の施されたティアラは金色に射光を帯びて神秘的な雰囲気を漂わす。一帯を包むその様子は、明らかに異様さを露とした。
儚げに、けれど白く海底に咲いた一輪の花の如く少女は顔を透明なベールで覆い表情はよく窺えない。
雪の様に白銀の髪は靡き、僅かに見えたのは口端を緩めて微かに笑みを浮かべた彼女の顔。薔薇の如し赤い、真紅の唇は妖艶にも美しい。
海を思わす蒼き瞳は、何かを見定める様に真っ直ぐと此方を視やっていた。まさかこんな場所に人間が居る何て思いもする筈も無く、海都は少女に対し手を振り出す。
迂闊(うかつ)だったのは、そんな友人の軽い悪戯に呆れながらも視ていた事だったのかも知れない。
「うわあああああああ!」
突如、隣から悲鳴が聞こえて私はハッとしながら振り返る。だが其所に彼の姿は既に無く、気付けば海底へと吸い込まれて行く響を視界は捉えた。
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