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お父様は、言うだけ言うと、秘書の篠田さんを呼び出し、仕事へと出掛けてしまった。
秋穂姉さんは、座ったまま考え込んでいた。
「ねえ、秋穂姉さん。」
「なあに、美佳。」
思い切って聞いてみる。
「お話が進んだら、雨宮さんと、結婚するの?」
「…今のままなら、そうなるわね。」
自分のことなのに、姉さんは、他人事の様に、答える。
「なんだか、乗り気じゃなさそうだね。」
「…そう見える?」
「うん、そう見えるよ。」
「そうか、そう見えるのか…。」
秋穂姉さんは、そう言うと、黙ってしまった。
「お嬢様方、学校へ行く準備をしないと、遅刻されますよ。」
「大変!」
メイド頭の吉田さんの声に、私は、慌てて部屋へ帰って、登校の準備に掛かった。
準備しながら、私は、私で、考え事をしていた。
今は、さっきの姉さんの縁談のこと。
本当に乗り気じゃないのかな…見たことのない、なんだか思い詰めた表情だった…。
どうして、あんな顔してたんだろう?
雨宮さんと、姉さんは、本当に仲が良いのにな。
雨宮さんみたいな人が、お兄さんになってくれるなら、すごく歓迎なんだけどなぁ。
いっそ、私が、縁談の相手だったらよかったのに。それなら、考えたりせず、即答なのに。
あの頃の私は、時々、遊びに来る雨宮さんに、密かな憧れを抱いていた。今思えば、彼に片想いしていたに違いない。
時計の鳴る音で、我に返る。私が、今、しなければいけないのは、まず学校へ行くことだった。
「いってまいります。」
登校のために待っていてくれた車に、慌てて飛び乗るが、挨拶だけは、忘れない。
「いってらっしゃいませ、美佳お嬢様。」
吉田さんが、玄関で、静かに頭を下げた。
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