序章

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 いや、気楽という言葉が桃磨にはない。どこに出掛けても死神がつきまとう生活だ。最早、普通の生活など過ごすことができないのだ。それが苦しくなると殻に閉じ籠り、部屋に籠城している。積み重ねた本に目を向けることが何よりの楽しみだ。だからこうした余興は好きではない。 「赤石さん、僕、旅館を探検してきますね」  風呂に入るよりもひとりになりたかった。言い訳を見付けて口にすれば赤石が足を止めて振り替える。時々、桃磨を見透かすような瞳をしている。腹の探りあいも慣れたのだろう。昔は悩んでばかりの赤石の眼差しだったが今は簡単に桃磨の考えを読んでしまう。 「事件が起きないんだ。そんなときに遊ばなくてどうする。いつ遊ぶんだ? これから七泊するっていうのに」 「七泊!」  何時もは感情の動かない桃磨も赤石の言葉に声を裏返す。 「七泊だ。今日から一週間、この旅館に世話になる。最初に話したら嫌がって来ないだろ?」  赤石からの図星の答えを桃磨は理解できずに戸惑う。こんなことは初めてで調子は狂いっぱなしであった。 「本当になにを隠しているんですか。しっかり説明してくださいよ」
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